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常世の闇のような漆黒の髪に、匠の技で作られた陶磁器のような白い肌を持つ少女。サヤ。その本体はユニコーンの体毛に、ペガサスの羽、サラマンダーの表皮を用いて作られた白いベルトに、現世と幽世の間にある空間から取り出した、虚無を使って作ったという光さえも吸収する漆黒の鞘だ。
光を浴びて光る様は、まるで無数の剣のように見える、白銀の髪を踝まで伸ばした幼女。ケイ。その本体は、黄泉の世界にあるという魂を吸収する金属を材料に作られた大剣を、更に神々の魂を用いて鍛えた神殺しの大剣である。だが残念なことに、今は神殺しの効果はなくなっているそうだ。
「私たちの目的はただ一つ。数十年前にこの世に顕現した、魔王を倒すことです」
魔王という言葉に、首を傾げる。魔族や魔物という名前は、時折襲撃があるためによく聞いているが、それらを操る者の存在など、聞いたことがない。
だがそれよりもまず気になったことがあった。
「お前たちは遥か昔、神を倒すために作られたんだろう?それがなんだって魔王とやらを倒すんだ?」
「当然の疑問だと思います。ですので、これからかつての英雄譚の続きを話します。あるじ様が疑問に思うことのいくつかを解消できるかと思いますから。
アモールと対峙した勇者は、考えられない程長い間アモールと戦いを繰り広げ、そしてとうとうアモールを打ち倒すことに成功しました。ですが、その余波はとてつもなく深い傷となって、神々の世界に刻み込まれてしまいました。アモールが持つ森羅万象の槍と、勇者の持つ神殺しの大剣が交錯する度に、天に穴が穿たれ地面が断たれる程だったので、その余波がどんなに凄まじかったものかと想像がつくと思います。
傷を負った神々の世界は、それを直すべき創造主すら失われてしまったために、急速に荒廃していきました。勇者はなんとかしようとしましたが、神ではない彼にはどうしようもすることが出来ず、玉座に座り、アモールの手によって亡き者にされてしまった恋人を嘆くだけの日々を過ごしていました。そんな最中です。かつてアモールが追放した魔の者たちが、神々の世界に襲来したのは。彼らは瞬く間に征服を完了してしまい、以後、神々の世界は彼らの世界となってしまいました。そしてそこからこの人間の世界を狙っているのです。
では、神々は一体どうなってしまったのでしょう?勇者は?
……神々は魔の者たちによって堕ちてしまいました。有力な神々は勇者によって殺されていたので、抵抗する力が残っていなかったのです。そして力を使い果たしたのは勇者も同じで、勇者はいずれ魔の者が人間界にも目をつけることを予見し、私たちを人間界に逃したのです。自らを時間稼ぎの道具にして。そして勇者の血脈が、それぞれの武器を守護していくことになりました。それが、ここまでに私が知っていることです」
「……つまり、魔の者たちは神々と同じような人間とは違う存在であったり元神だったもので、君たちが倒す対象である。君たちは、魔の者たちの侵攻を感じ取ったから、目覚めたということか」
「その通りです」
「それじゃあ、君たちだけで動いているには一体どんなわけがあるんだ?勇者の血脈に君たちは守られていたんだろ?」
そこで、サヤもケイも顔をうつむけた。唇をきつく噛み締め、なにかに耐えるようである。
「いや、言えないなら言えないでいいのだが……」
サヤがかぶりを振った。
「これは、あるじ様にとっても関係してくることなので、お伝えします。
勇者の血脈は、少なくとも私とケイを守っていたはずの血脈は、堕落したのです。かつては勇者の矜持を受け継ぎ、品行方正に特筆した倫理観をもって繁栄していたのですが、何代も経ていく度に矜持は薄まっていき倫理観は崩壊しました。結果、勇者の血脈は、その立場を利用して私利私欲に走ってしまったのです。勇者の血脈というだけでその地位は一国の王を凌ぎます。なぜなら、勇者の戦闘力を受け継いでいたから。一人一人が強力無比な力を持っていたために、武力で欲しいままにしたのです」
途方もない話に目眩すら覚える。勇者の英雄譚自体が、もはや神話の時代の物語である。その時代から今まで続いているのだとしたら、一体何代を経てきたのだろうか?皆目見当がつかない。永劫の繁栄はないとは聞くが、勇者の血脈と言えど、いや、勇者の血脈という強力なアドバンテージがあったために、当然のごとく衰えていったのだろう。そして今に至る暴虐の一族。もはや、勇者の血が呪いのように思えてくる。
そして思い当たる最悪の結論。
「血脈の者たちは、君たちを使うことが出来なくなった。穢れた存在と見なされたんだな」
無言でうなずく二人。