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朝が来た。厳しい寒さの到来の前触れか、息が白くなるほどに冷え込んでいる。歩くと地面の下に出来た霜が砕ける音がした。今日中に薪を集めきらないと、明日辺りには来そうな寒さに苦労しそうだ。
サヤを表に出す前に一旦周辺を散策してみると、昨晩の魔族たちの痕跡は見当たらなかった。奴らがいたはずの家の前には、足跡すらない。暗殺や斥候が得意な部隊だったのだろうか。何はともあれ連中はどうやら諦めて去ったらしい。
「もう連中はいないようだ。早く行くと良い」
家に戻り待っていたサヤに声をかける。サヤは着ていた薄着の服の上に熊の毛皮で作ったジャケットを来ている。昔着ていたジャケットだったために丈が膝ぐらいにまで達しているが、これから来る寒さにはこれぐらいの長さが丁度良いだろう。
当のサヤはなにか思い詰めた顔をして、その場を動こうとしない。なにかを決めかねている様子だ。
「どうした」
「……。モルゲインさんは、試したくはありませんか?」
昨日の話を思い出して、サヤが背中にしょっている大剣を見る。多少は重たそうだが、持てないことはないだろう。だがそんなことよりも、今は早く出立しなければいけないと思うのだが……。朝見た様子では奴らの気配はなくなっていた。そう急がなくてもよいのかもしれない。それに、ここまで言ってくるということは、なにか思惑があるのだろう。物は試しにやってみるか。
「取り敢えず外に出よう。家具に傷をつけたくない」
「わかりました」
頷いたサヤを連れて家を出る。
「では、どうぞお試しください」
サヤが差し出した大剣を改めて見ると、その大きさは彼女の身長ほどもあり、その幅は彼女の腰回りほどにある。やはり彼女が持つにはあまりに不釣り合いだ。これを扱える人物の姿を想像してみて、巨躯の人間の姿が当然のごとく思い浮かぶ。
「じゃあお言葉に甘えて……」
大剣の柄を右手で握る。サヤが添えていた手を離した。
その瞬間だった。
「ぐお!?」
凄まじい重さが腕を襲った。とっさに左手も添えていなければ、右手を大剣で捻ってしまっていたところだ。両手で柄を握り、持ち上げる。奥歯を思いっきり噛み締め、腰を落とし全身の力を使って大剣を持ち上げようと試みる。血管が浮き出て筋肉が軋みをあげる。そこまでしてようやっと、大剣を地面と平行にするまで持ち上げることができた。だがこれ以上が上がらない。
まさかこんなものをサヤが持っていたなんて、到底信じられない。それに、あまりに見た目に反している。いったいどんな金属を使えばこんな剣が作れるというのだろうか。
色々考えたいことが新たに生まれたが、今は取り敢えずこの大剣を持ち上げることに集中しよう。
「ふ、振り下ろしてください!」
「うぉお……っ!!」
なんとも無茶を言う。木こりとして体は鍛えられてきたし、巨人族の祖先のお陰か普通と比べてかなり大きな体格をしているが、それでもこの重さは負担がかかりすぎる。今の平行を保つので精一杯だ。それに、不思議なことにそれ以上持ち上げようとすると、重さがさらに増すのだ。
だが男としてプライドがあるのも事実。やはり持てなかったと諦めるのは、素直に悔しい。
かつて親父が教えてくれた呪文を思い出す。一族で唯一使うことができる魔法。使ったことはあまりないが、久しぶりに使おう。
「ル、ルナティックっ……!」
呟いた途端、全身の血が煮えたぎるような興奮が沸き上がり、血が逆流するような高揚感を得る。次いで聴覚や嗅覚が鋭くなり、ざわりざわりとうなじがざわめき、視界がうっすら赤に染まりだした。
着ていた洋服が膨れ上がる身体に耐えきれず、ビリビリと裂けていく。
「う、うそ……! こんなことがあるなんて……」
口に手をあて顔面蒼白なサヤが、一歩二歩と後ろにたじろいでいた。それを勤めて無視する。
剣先がだんだんと持ち上がり胸の当たりを越え、さらに持ち上がる。大剣の重さは信じられないほどに増している。
「ぐぅ……!」
肘が頭の横を通過した。いよいよ大剣は地面と垂直の位置まで上がる。
「振り下ろしてください!」
「がぁぁあああ!!」
サヤの弾けるような声に押されるようにして、吼え声と共に大剣を一気に振り下ろす。大剣は空気を切り裂き、鼓膜を叩く大きな音をたてて固い地面へと突き刺さった。近くの木々にいた鳥たちが、一斉に空へと羽ばたいていった。肩で息をしながら見てみると、刃の半分ほどまで地面に埋まっている。
大剣から手を離し地面に座り込む。肩で息をしながら空を仰ぐ。足を投げ出し両手を地面について上半身だけ起こす。
「はぁ……はぁ……。どう……だ?やってやった……ぞ。サヤ。……サヤ?」