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「ふぅ……」
肩に乗せていた刈ったばかりの大木を、うず高く積み上げた薪の上に置く。納屋の天井の梁に届きそうなほどに集めた薪を見て、厳しい冬を越えるために必要な量をざっと計算する。少しばかり足りない気がするが、もう時刻は夕刻に差しかかろうとしているし、空を仰ぎ見てみれば、いつの間にか赤みを帯びた夕焼けから宝石箱のように小さな光が瞬く夜の空に変わろうとしていた。
(今日の薪集めはここまでにするしかなさそうだな。最近はどんどん日が落ちる時間が早くなってきた)
日中の時間が少なくなっていくほど出来ることも限られてくる。今日は本来ならば麓の町まで降りて食料を買う予定だったのだが、時間の関係から薪を集める日に変えた。朝早くから作業をはじめて十分な量を集めきれなかったのだから、一日が本当に短くなっている。
納屋からすぐ近くの自宅に戻り夕飯の準備を始める。幸いにも熊の肉がまだ残っていたのでそれを油で炒めて野草と絡めて、香辛料で味付けをする。乾パンを持ってきて肉を炒めてにじみ出た油を少しずつ滲ませながらほぐしていく。全ての準備が整いさぁ食べようとしたその時だった。
コンコンと扉が叩かれた。持っていた食器を机の上に戻して思考を巡らせる。遭難者だろうか?こんな時間にこんな山奥では、それ以外には考えられないが。
再びコンコンと扉が叩かれた。大分礼儀正しい訪問者のようである。以前訪問があった帝国軍の兵士たちは酷かった。一度ノックして答えがないとわかるや、問答無用で押し入ってきたのだから。あの時は激しい押し問答でひどいことになったものだ。そんなことを考えているうちに三度目の叩く音。
「どなたかいらっしゃいませんでしょうか?」
か細いその声を聞いて、あまりの意外な来訪者に驚いて思わず椅子から立ち上がる。ガタンと大きな音を立ててしまい、扉の向こう側にいる女に存在がばれてしまったようだ。
「夜分遅くに申し訳ございません。どうか中に入れてはいただけませんでしょうか?」
ばれてしまっては仕方がない。このまま見捨てたとしても翌朝死体なんぞ見つけた日には、目覚めが悪いことこの上ない。
鍵を外し扉を開く。
そこに立っていたのは、目を見張るほどに美しい一人の女だった。陶磁器のような艶やかな真っ白い肌に二つの大きな膨らみ。艶かしく光る唇。髪は外の闇に溶け込んでしまいそうなほど黒い。そして思わずたじろいでしまうほどの恐ろしい色気を放っている。
だがたじろいだのは女も一緒だったようだ。恐怖を感じたのか顔をひきつらせ、一歩後ろに下がる。仕方がないだろう。暗闇の中、心細く不安に飲み込まれていてようやっと明かりがついている家に辿り着いてみれば、現れたのは身の丈二メートルは越える大男である。おまけに周りには他の民家らしきものもない。何かあったときには誰の助けも望めるような環境ではない。常人であれば食事を邪魔したことへの非礼を詫びて、踵を返しこの場を去っていくだろう。しかし女は、予想を裏切る行動をとった。
一歩後ろに下がり深呼吸をすると、一歩進みまっすぐこちらを見てきた。
「ひ、一晩泊めてはいただけませんでしょうか」
「……。あぁ。ゆっくりしていってくれ」
明かりに照らされた女は、やけに薄地な服を着ていた。この季節の山を通る服装ではない。逃亡奴隷だろうか?それに、袈裟懸けに背負った大剣がその不気味さに拍車をかけている。
女は家に入るとすぐに机の上に用意していた料理に気づいたようで、見つめたまま一切の動きを止めた。よく見てみれば右手は腹を押さえている。声をかけようか迷っていると、耳をそばだてなくとも聞こえるなんとも可愛らしい音がした。女の耳が朱に染まる。
「少しなら分けてやるぞ」
「本当ですか!?」
くるりとこちらを振り返るその仕草が、見た目に似合わない幼さを感じさせる。こんなにキラキラした瞳をみるのは久しぶりだ。
椅子に座るよう促す。女は大剣をゆっくりと下ろして壁に立て掛け、向かいに座る。食器と残っていた乾パンを持ってきて目の前に置くとすぐにパンに食らいつきそうだったのでそれを諌め、熊の肉を半分ほど切ってやる。半分といっても女の頭ほどある肉だ。いくら腹を空かせているからといって、これぐらいしか食べられないだろう。
「このぐらいで問題ないか?」
「は、はい!」
勢い良く顔を何度も上下に振るその姿は、小動物的な可愛さがある。頬が緩むのを感じながら食べ始めた。女もよほどお腹が空いていたのか口の中の食べ物を飲みきらないうちに次へ次へと手を伸ばす。女が食べきったのはそれから数分後だった。