夕月啾
『きっと父上には何かお考えがあるんだと思います。』
紅は表情を変えずにそう言うが家来たちは不安そうな表情を隠せずにいる。
「しかしですなぁ。このままの状況ですと次の相続式までに跡継ぎを探すのは不可能ですぞ。」
「そもそも肉親以外は後を継げないのがしきたりでその上唯一の血縁者である紅様でもダメとなると……」
「かくなる上は末期養子という手も、「馬鹿野郎!啾様はまだご存命であり紅様という立派な嫡女様がおられるのだぞ!会合といえど口を慎め!」
『いいのですよ、ロウジどの。確かに末期養子という手段もあるのですが、おそらく父上の承認が得られないでしょう…』
みな一様に頭を悩ませる。このまま打つ手なしに万事休すなのだろうか。
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夕月家の当主、夕月啾は大層頭の切れるものであり筋金入りの頑固者でもあった。
誰に何を言われようと己の考えを一切曲げず、長年一族の長を務めてきた。
その頑固さは驚くほどだ。以前、結核で五年前に亡くなった妻夕月秋保に啾はこう言われたことがある。
「啾さんの頭は石でできていらっしゃるんでしょうね。ふふ」
決して嫌味などではなく純粋な思いから言ったものである。
もちろんこれが家来に言われていたのであれば彼は激怒していただろう。
ただ、彼は妻を愛していた。自らの命に代えてでも守りたいと思ったのは秋保が初めてだった。
だからこそ怒らなかった。
「これでも直そうとはしているんだがな…なかなかなおらんのだ。すまん」
そう言いながら自分よりも10cmほど低い位置にある艶やかな黒髪をスッと撫でる。
二人は言葉を交わさずとも目だけで通じあっていた。
出会ってから10年、結納してから5年目の年に紅が生まれた。
あの日々はもう二度と帰っては来ない。
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