四話 歩み寄り?
「働け」
そう言われても、王女として育てられた私に出来る事など多いはずがない。
手始めに料理を手伝ったのだが、基本的に私は何もできなかった。食器は割るし、調味料は間違える。結局、いなくてもいいよとサミュエルに言われてしまった。
料理は駄目だったが裁縫は―――勿論駄目だった。王女の私は針なんて物一度だった持ったことがない。当然のように指を刺しまくり、結果手が血で赤く染まった。手当てをしてくれたサミュエルも呆れたようだった。
「普通、針の刺し傷でこんなに血は出ないんだけど」
普通ではないほど刺したんだろう。本人の私を含め皆が苦笑いだった。私の家事の出来は、誰もが笑うしかないほど惨敗だった。
唯一私にも出来たのが洗濯だった。悔しいが一番シンプルで、失敗する心配はない。時々ロープの結びが甘くて、洗濯した服が風に飛ばされてしまったが、服をなくした海賊は許してくれた。
洗濯はシンプルで失敗しにくい(決して失敗しないわけではない)いい仕事なのだが、手が物凄く荒れる。水仕事の上に海賊たちの洗濯物は多い。さすがに下着は自分たちで洗ってもらっているが、それでも洗濯物が山をつくるほど多いのは変わらない。
それをたった一人で片付けなくてはいけない上に、私は洗濯の経験が決定
的に足りていなかった。私はこのところ、洗濯だけで半日を過ごしている。
ただ、その洗濯という仕事を除けばこの海賊船は居心地のいい場所だった。端から見ればいい場所とは言えないのに、私はこの場所を心地よいと感じていた。
人の嘘を半ば強制的に見せられる王宮で育った私は、嘘を付く必要のないここをうらやましいと思ったのかも知れない。
そして私は海賊たちに憧れているのかもしれない。
ほんの少しだが、私は確かに彼らをうらやましいと思った。おかしな話だ。自分は王女で満ち足りすぎた生活を送ってきたのに。海賊たちの中には綺麗とは言えない事をしてきた者もいるはずだ。私より裕福な生活を送ってきた者はまず、いないだろう。
それなのに、おかしい。自分は彼らの何に憧れを抱いたのだろう。
その問いの答えはまだ分からない。
服のしわを伸ばして、洗濯物をロープに掛ける。これが今日最後の洗濯物だ。マストの間に張られたロープには、たくさんの洗濯物が乗っている。風を受けてなびく洗濯物は、文句なしの出来だった。
「これで、よし」
ロープも緩んでないから、しっかり結べているのだろう。
「……」
いいのか、本当に。私は王女のはずなのに、いったい何をやっている。嫁ぎ先の国ではどうなっているのだろうか。血相を変え私を探しているだろうか。海原には船影ひとつ見えない。
この船の上では何もかもがおかしいのだ、と自分に言い聞かせる。でないと本当に脳の血管がぷちっといきそうだ。
その時背後から声がかかった。
「洗濯、終わったんだ?」
振り返ると、珍しい。サミュエルが甲板に上がって来ていた。サミュエルは普段着だった。普段着と言っても、海賊の普段着だが。
「一応は」
「じゃ、君に頼もうかな」
サミュエルはそう言って、歩み寄ってきた。私はいやな予感しかしない。
「何かつまめるものを持っていてほしいんだけど。頭にね。あいつ、昨日一晩中起きていたらしいから」
船の上で「つまめるもの」と言ったら、魚介類しかない。だが……。
「作れませんよ」
「期待してないよ?」
一刀両断。結構痛かった。唸る私を置いてサミュエルは船内に入ろうとする。
「あの……」
「大丈夫。もう作って置いてあるから」
そこではないし、大丈夫ではない。出来れば頭には近づきたくないのだ。
そんな私の心の声がサミュエルに聞えるはずもなく。
私は一人ぽつんと甲板に取り残された。
調理室には大きな干した魚が置いてあった。ぎょろ目の魚がドンと皿の上に乗っている。丁寧に開いてあるせいか、普段より大きく見えた。
私はその皿からはみ出しそうな魚を持って、頭の部屋の扉を叩いた。
「……」
返事がない。留守なのかと思ったが、サミュエルは特別どこかにいるようには言っていなかった。だったらこの部屋にいるんだろう。もう一度叩いてみたが、反応なし。
「まさか、気づいていて無視しているわけじゃ……」
有り得る話だ。なんたって相手はあの頭なのだから。
私は恐る恐る扉を押し開けて、室内を覗く。頭はちゃんとその部屋にいた。ただ……。
私は思い切って、部屋の中に一歩踏み込んだ。頭の部屋は質素だった。この船の部屋は華美なものではなかったが、頭の部屋はそれに輪を掛けて質素だ。必要最低限の物しかない。ベッドとクローゼット、それと机と椅子ぐらいだ。頭はその椅子に座って。
「……」
眠っていた。
どうやら仕事をしながら寝てしまったらしい。机に書類のような紙が散らばっていた。その机にうつぶせになるように、頭は眠っていた。私は出してあったインクとペンを机の端に避難させる。散らばっている書類は触ると怒られそうなので放って置く。
私は頭の顔の前に魚を置いてみた。もしかしたら匂いで起きるかもしれない、と思ったことは否定できない。けれど頭の眠りはそれほど浅くはなかったようで、頭が目を覚ます気配は感じられなかった。私は
頭の無防備な寝顔を覗く。目元も緩み、起きている時とは違いまわりの空気も柔らかい。
なぜ起きた瞬間にあんな獰猛な目になるのだろう。悶々と考えているうちに、眠くなってきた。この頃あまり寝ていなかったからか。