二話 襲撃者
「王女というのはお前か」
男の黒い髪の隙間から、獣のような目がぎらぎら光ってこっちを見ていた。私が何も言えずにいると、男は腰から刀をするりと抜いた。それを迷わず私に突きつけて、もう一度言う。
迷いのない、澄み切った瞳だった。
「王女というのはお前か」
一瞬で部屋の空気が張り詰めた。侍女たちはいつでも動けるように、男から視線を外さなかった。私は息を飲んで自分の方に向けられている刃先を見ていた。
そのことに気が付くまでは。
私の正面に立っていた侍女は、男の抜いた刀と私とで板挟みになっていた。私に付いて来ていた侍女の中では一番若い子だ。その侍女は、刀を突きつけられても悲鳴ひとつ上げなかった。
ただ、いきを飲んだだけで。
私は自分が冷たく、静かで理性的な場所に収まっていくのが分かった。こわばっていた体から震えが消
えた。
「ええ、私が王女です」
多分私の声は震えていなかっただろう。
「少し付いて来てもらおうか」
少しですむはずがないのに男はそう言った。人質にしたいのならそうはっきり言えばいいのに。
男は脅すように刀をつきつけたまま、一歩前に踏み出した。あと半歩でも前に出れば、侍女の頭は真っ赤な深紅の華を咲かせることだろう。私はゆっくり動いて侍女と刀の間に入った。ほんの鼻先で刃先が動くが、私の頭は思った以上に冷静だ。男をまっすぐ見ながら毅然とした声が自然と出た。
「分かりました。ついて行きます。だからその物騒な物をしまってください」
男は案外あっさりと刀を腰に戻した。侍女たちの緊張がいくらか緩和する。
「私がついて行く代わりに、この船の乗員には手を出さないでいただけますか」
男は黙って頷いた。これだけ見ていれば、十分大人しい人間に見える。残念ながら目の前の男はそれだけではない様だが。
男は何も言わず私に背を向けた。ついて来い。男の背中はそう言っていた。私がついて行くのが当然だと思っているのか、一度も振り返らず、歩いていく。
私は部屋を出ようとして一度入り口のところで足を止めた。侍女たちは私を引き止めようとはしない。侍女たちは優秀で、薄情だ。私もそんな彼女たちを振り返ったわけではない。
私はちらりと視線を脇に振る。案じたとおりだ。扉の金具は壊れてしまっていた。この扉、気に入っていたのに。
そう思って、私はこっそりため息をつく。
薄情な侍女たちの主人である私も十分に薄情なのかもしれなかった。