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序章

序章


 中世ミナッツ王国のルイジェセン二世は大王とまで称されて後世の人に生まれるのが早すぎたと賞賛されるが、同時代の人に死ぬのが遅すぎたと惜しまれたように、あらゆる業績にやや矛盾の気味を残した。初歩の読み書きもできない王侯が多勢の時代に生まれながら万国の歴史に通じ、時間や狩猟、動植物、数論、建築など多彩な論文を著したその知識と見識の広大無辺なるは、まるで人間を次の段階に進ませようとする精霊の働きなのではないかと思わせる。“長い手”の異名で多くを慄かせた策謀家であり、海を隔てた異教徒の帝王さえ注視させないでおかなかった。そのエステ帝国の分裂問題に絡んで派遣された使節団は帝国公用語のイブラ語で自在に会話するに留まらず、直筆で礼状を書き、最高水準の哲学や算術の討論を愉しむ様子に驚愕を叩き込まれて帰ってきた。異教徒の帝王が使節団に潜ませていた嫡子ウェルシャにかの驚異なる王の能力を更に問うと、興奮を示す顔で次のように答えたと伝えられる。

「剣でしたら私が勝ちます。イブラならば私の負けでしょう」

 一対一ならともかく政略の面ではまるで太刀打ちきかないと。成人を境に徐々に頭角を現し始めた軍才の大成を望んで遺言状に次期帝と指名していた嫡子ウェルシャのこの答えは危機と落胆を抱かせ、もう一つを問いただした。

「戦ではどうか?」

「十の内八は引き分け、九つ目に私が勝ち、十つ目に当たる追撃で負けて痛み分けとなるでしょう」

 意気地のない答えだが、非情な戦場の出来事を下駄らない空想じみた期待に頼らないでよく予見できている。この警句を肝に銘じていれば負けることはあっても死ぬことはない。それが第一。命さえあれば立場が人物が練るだろう。その為には優位が必要。一、二度の負けぐらいでは揺るがない、成長を果たせるだけの猶予期間が要る。

 一方のルイジェセンは、心身共に壮健でたくましいのに演技がつたないせいで悪目立ちする若者の正体に目星をつけていた。後に記す<戦記>の中では、

――異教徒の帝王の長子ウェルシャ・ムーサ来る。英雄の質あり。将帥しょうすいの系譜でないこと彼のために惜しく、余がために喜ばし。

 王には向いていないとやや手厳しい評を下している。英雄の質あり、という付記はルイジェセンの人評で度々見られる常套句で、決して外交儀礼ではなかった。

――マザネの会戦で戦勲せんくんを挙げしアルビニクスの末裔まつえいレイモン伯の子ヴァッロ来る。英雄の質あり。徴税官の意志なし。家運に陰。

――ルーリック辺境伯へんきょうはくデリクスの使者イルザック来る。英雄の質あり。和平成る。デリクスの隠遁いんとんを容れ、嫡男バスタールの相続を認む。イルザックをルーリック領主補佐に推す。聡明に自己の才にあんじると共に明晰に先を読み之を謝す。近日、イルザック急死。乱は防がれた。

 しかしながら、ルイジェセンがその王の大権でもって各人の英雄の質を伸ばそうと試みるのは稀であった。不毛だからだ。貴族の子は貴族、百姓の子は百姓、靴屋に生まれれば靴屋として生きるしかない強固な現実に疑問を抱く素地さえないのだから、どんな大きな援助も場が立たない。不変を繰り返し続けさせる自覚症状に乏しい無痛の毒と対峙しうるほどの意志を持つ者は、その総意とも対峙できる実力をも有さなければ握り潰されるからである。イルザックに英雄の質を見出したルイジェセン当人さえ世の流れに逆らわず握り潰そうと画策した。が、その直前に王を暗殺しようとする計画が露見してしまって、一つの利益も産み出さないもったいない無駄死にをさせるしかなかった。何処からともなく湧いてでた陰謀に邪魔をされ、ミナッツ王家の宿敵ルーリック辺境伯へんきょうはくを今度こそ屈服させる戦乱を望んでいたルイジェセンはほぞを噛んだ。

 異教徒の帝王に提案された政略結婚をルイジェセンは断っている。国許で成長を待って十五になってから嫁入りする、という但し書きが気に食わなかったのでも異教徒との約定を疑ったのでもなかった。教圏では重婚は罪に当たるし、先の使節団との会談も交易の調整という建前でやっと実現した。異教徒との婚姻関係などは言い訳も賄もきかず、教圏の最高権威、聖公座せいこうざは異教徒との友人という更なる悪札を付けて圧力を増すこと間違いない。

――聖公は盲を導く杖といっても杖を扱うのはしょせん盲の者だ。木石と盲に語りかけたところで、想像できない者に納得させ、見えない者に知らせることなどはできまい。病人どもの戯言さえなければ。

 ルイジェセンが真情の吐露を許した数少ない側近の手記にこう語ったと記されている。聖公には敬意を払い配慮を覗かせるも、そのように痛罵する本音のルイジェセンと聖公座せいこうざとの間には信頼関係の萌芽さえも生まれない。代々の対立で座内の基盤が脆いミナッツ王国。数百年前には異教徒との政略結婚をやりそこなって王家が島に流された経緯もある。

 異教の帝王は執拗だった。異教徒との重婚という黒い噂を広めて布石を打ち終えると今度は十五歳を越えている美貌の王女と慎ましい王女の二人を、かつてないような絢爛けんらんたる船で提案なしに送りつけてきたのであった。船体には、ルイジェセンの努力と忍耐、聖公座せいこうざの賢明と寛容に感謝と敬服の意を表する美辞麗句が書かれていた。輿入こしいれ船は教圏の港湾都市を巡って、文字を読めない者たちに向けて船乗りたちが同じ美辞麗句を合唱した。醜聞しゅうぶん。積年の恨みで何らかの大変動でもない限り決して合同し得ないミナッツ王国と聖公座せいこうざとの新たな対立を予感させた。

 この窮地を切り抜けるためルイジェセンは王女たちの衣服をその船上で剥ぎ取り、輿入こしいれ船を解体、万が一の自決用に持たされていた短刀と持参金を没収した。二人の王女は舌を噛み切らぬよう猿轡さるぐつわをし、食も水も与えず裸を晒しながらエステ帝国とは敵国のフィーローズ朝エステが支配地域のヘダイブ半島を陸路で返したと聖公座せいこうざに報告した。全身全霊をかけた交渉と国庫の二割という大変な額のまいないをばら撒いて、これを何とか了承させたルイジェセンは野蛮な面があるとしてもそれを好む男ではなかった。陸路を晒し者にした王女二人はごく身分卑しい売春婦と下女の身代わりであったし、本人は解体した輿入こしいれ船の船材や没収した持参金と共にウェルシャ・ムーサ王子を経由して帝国に帰っている。

――悪魔と結んだ邪教の徒の邪な計らいは神が我々に美徳としてもたらして下さった信頼という秘法の前に破綻した。

 時を置かずに聖公勅書せいこうちょくしょが宣言された。常に危うい関係だったミナッツ国と聖公座せいこうざの和解は成立し、教圏の国々にも自重が求められた。

 あの婚姻に応じれば教圏を丸ごと敵に回し、拒絶すれば帝国は明確な敵国と認識する。後継者ウェルシャの優れた軍才が厳しく対峙しただろうが、実の娘二人を犠牲に出す苦渋の親心からも発した構想が当のウェルシャの関与で崩された。異教の帝王はいよいよ非常の手段を考え始めるも、陸国の帝国が強力な海軍を保有するミナッツ王国に侵攻するのは無謀だった。帰ったばかりの二人の王女も帝国流の礼式に驚くほど通じた学識、殊更に女性を尊ぶエステ人の気質と遇し方を心得て慎重に慎重を重ねた命の保障に深く感じ入っており、娘たちがルイジェセンを擁護する姿勢に親の情が配慮を示したがった。それには分裂地域フィーローズ朝のヘダイブ半島で無体な姿を晒されて失墜してしまった帝室権威の回復に力を注がねばならなかった。しかし、独断でルイジェセンと通じ、王女の引渡し工作を進めたウェルシャ・ムーサはこの日から父帝に疎まれる。

 数年して異教の帝王は没した。晩年は末の息子を特に溺愛したが、遺言状を開けてみると継承者には長子ウェルシャ・ムーサが指名されていた。自分こそ次期帝と思い込んでいた末の息子は帝位を要求し挙兵。両首領の軍才では断じてウェルシャが優れていた。父帝に疎まれて以来あちこちの紛争地域に派遣させられて、内外の敵を駆逐する中でより磨きをかけた。裏を返せばあちこちで恨みを買っており、末子はその怨嗟えんさに担がれたとも言える。

 ウェルシャの手勢はおよそ一八〇〇〇。勢力地域の帝都近郊を四万の地方勢力にぐるり囲まれていた。しかし、包囲は活動する線ではなく身動きの重い点に過ぎなかった。まず聖公座せいこうざを頂点とする教圏国と境を接している南西のメルタニア地方はここ百年取ったり取られたりを繰り返し、常駐の精兵八千は一歩も動けず、精兵の価値基準と勘に照らして、かつて敗けを知らないウェルシャを支持していた。帝国中で転戦を重ねた強者揃いのその手勢と急拵えの末子の軍勢との差は雲泥としていて歴然である。悲惨なことに、末子勢力には先帝の第二子・三子も参加していたが彼らは共倒れの機会をうかがっている有様である。北に末子、東に二子、西に三子が拠るも連動はない。これで歯が立てば戦争という活動はますます滅法。

 こんな楽な戦はない。僅か二倍の兵力差。内情も内情だから籠城していればほどなく自壊するんだが、戦慣れし過ぎていたウェルシャは打って出た。まず西を討ち、メルタニアの精兵四千と手勢二五〇〇を入れ替えると、電撃的に北の反乱勢力の本拠を叩いた。メルタニア兵を加えた軍団は猛攻を加え、窮地の末子は東の兄に援軍を要請した。狙い通りウェルシャの背を突き、そのまま末子をも貫いて討たんとした二子が要請を容れて北に向かう最中、メルタニアに残してきた二五〇〇がその隊列に襲い掛かかった。二子・三子の首が末子陣地に投げ込まれて戦意喪失。これで終わった。

 内乱は継承問題に端を発した類としては領土を第三国に切り取られる隙もないほど短期間で決着したが、人的損害が大きかった。直率ちょくそつしたメルタニアの精兵四千の内、半数以上を失ったのは痛い。この損失は始終優位の帝都籠城策を採っていれば確実に避けられた犠牲だった。生き残った兵はウェルシャ・ムーサの前のめり過ぎる用兵に底を見た。規模の小さい賊軍や逆臣対手に通用しても、冷静に規律立てられた敵を対手にしたならどうか。メルタニアに残した二五〇〇を率いて援軍を鮮やかに討ち果たしたのはメルタニアの総督で、目端のきいた用兵術はウェルシャよりも一枚上手であったのである。この力量優れた総督が戦後すぐに処刑されてしまう。今や新帝の親衛隊で鼻高々のウェルシャ兵を軍律違反で勝手に動員した罪状によってであるが、これは宮廷工作と讒言ざんげんに惑わされた可能性が高い。

 ともかくこれで異教の新帝はメルタニア地方を失ったに等しい。

 見かけ上、聖公を頂点とした連邦形態の教圏は帝国の継承戦争を好機と捉えていたが、列国の間を特使が行き交ってやっと連合軍の体裁が整いかけたところで内乱が終わってしまった。教圏連合軍の構想が急速にしぼむ中、ある一国が抜け駆けをした。教圏の盾コルトセット公国の、当代随一の戦上手と誉れ高い潔癖公セルを二度までも弾き返したメルタニアがたった一五〇〇の凡将寡兵の手によって陥落。聖公座せいこうざが確認の使者を二度までも派遣する珍事が起きた。得意絶頂のまま帝国西方の都ガイロプリットに肉迫するまで大した戦闘もなく略奪を続けた。

 エステ帝国の宰相はこの侵攻を内政問題と結びつけて判断していた。雀のような小勢が辺境を啄んでいるだけで、不和となってしまったメルタニアを手っとり早く刷新さっしんする好い機会と。教圏が連合を組んで大軍を進めて来る気配もあるから素早く芽を摘んでしまうのがいい。新帝がわざわざ親征する対手でもないが、メルタニアの民心と教圏の田舎者にその地の支配者の存在を改めて顕示する必要がある。帝位を継いでからも何かと軍略の発想を捨てきれない新帝とも見解が一致し、新帝はガイロプリットの城壁から六千まで膨れた教圏の連合軍を見下ろしていた。

 本当かどうか、ガイロプリットにはこの世を二つ買ってなお余るほどの金銀財宝があると伝えられている。独占を嫌った聖公座せいこうざと教圏の国々が猛烈な圧力をかけて、にわかに息を吹き返した連合軍を方便に抜け駆けを非難し、他国の到着を待つよう攻囲軍に使者を発した。

 攻囲軍を指揮する王も子供の使いで戦争しているわけじゃない。いつ来るのかも、本当に来るのかもわからない援軍を敵地で待つほど脳天気でもない。メルタニアで大量に雇用した傭兵の費えもあるし、そうぼやぼやしてもいられない。勝って財宝を持ち帰ったなら、その戦功に物を言わせて聖公を挿げ替えればいいのだ、くらいに思ったのだろう。そんな前例はいくつもあったのだから。

 ガイロプリットとは “西の砦”の意である。梯子はしごも櫓も弓矢さえ届かないほど高い城壁は教圏の標準と比べて厚さが二倍近くもあった。そんな鉄壁が当間隔で三枚も連なっている。どれだけ攻めても一枚目をびくともさせられなかった。たとえ援軍が来たとして無駄だろう。攻囲軍は撤退を決めた。今日までの略奪でさえなかなかの収穫。メルタニアの奪還は誰がどう見ても重大な成果だ。しかしその時点で運が尽きていた。聖公座せいこうざの要請を無視した譴責けんせきの備えとして戦果は確保しておかねばならず、

――メルタニアを返還するなら追撃しない。

 という密約は成り立たなかった。虚勢で突っぱねるしかなかった。また教条的にも同じ人間とは見なせない異教徒との交渉などはほとんど問題外であった。教圏で、無節操と言ってもいいほどの広大な見識を持ちえたのはルイジェセンの他にどれほどいるかまったく期待できない。

 ガイロプリットに向かっているはずの援軍と合流できれば一安心だが、いつどこにいるのかが分からない。撤退戦は悲惨を極めた。異教の新帝は城攻めに気が入っていない戦意を敏く察知するや、追撃の態勢を完備していた。膨れ膨れて一一〇〇〇いた軍勢が教圏に戻れた頃には四千を割っていたという。正に将軍なら英雄になっていたに違いない新帝は全滅にするつもりでい、やろうと思えば実際にやれた。だが、諦めて軍勢の機首を返した先こそが、帝国南方の旧都ペンシャールに上陸したミナッツ王国侵攻の急報であった。

 始め異教の新帝は追撃を緩ませようとする虚報と取り合わず、軍勢を動揺させる妄言を罰したほどだった。浅くないよしみを交えていたと確信していた。王女二人の送還以来、交友を深め合い、父帝と疎遠になって戦死を望むかのように苦しい転戦を命じ続けられていた頃に、胸も切り裂けるばかりの内情を吐露する手紙を出している。ルイジェセンの返信もそれは気遣いと激励に満ち、心の支えになっていた。年齢差を考えれば兄と呼ぶのが適切だというのに、親愛なる我が父、親愛なる我が息子と呼び合って心を許し合っていた。かつて王女二人に持たされた自決用の短剣を分け合った仲である。そのルイジェセンが侵攻し、ようやく復興成りかけたペンシャールを再び焦土とせしめた報告は信じられるものではなかった。仮に事実だとしても南部ペンシャールを襲う意図が分からない。ミナッツ王国としては、ヘダイブ半島を北上しフィーローズ朝エステと合流して東部から侵攻するのが勝算最も高い定石であるはず。

 報せは矢継ぎ早に届けられ、ミナッツの軍勢の通った後には草も残らない有様と言う。やっと真実であると事態を直視した新帝は激怒し、短剣を叩き折った。昼夜もなしに急行し、そのまま戦となり、ルイジェセンを退けた。そして当たり前のように追撃した。異教徒の新帝は忘れていたのか、怒りのあまり思い出せなかったのか、追撃戦が身に染み付いてしまっていたのか。欲張ってはいけない追撃戦で深追いしすぎた。殊に “長い手”の異名の策謀家ルイジェセン相手では。罠と伏兵に散々な目に遭わされて軍団は総崩れ。哀れ異教の新帝は捕囚の身となった。

――こうして異教徒の帝王を捕らえ引き上げた。

 ルイジェセンが自ら著した<戦記>はこう締めくくられている。<戦記>自体はルイジェセンの文字使いが非情で素っ気ない上、識字率五%未満という気の抜けるほど低い学力の為、当時まったく評判を呼ばなかったがその戦果には教圏中が沸きかえった。殆どの年代記は、異教徒との友誼よりも大義の教義に沿ったミナッツ王の偉業を称え、死地の同胞を救った騎士道譚風に描き、身代金として三十万ダーフもの大金を受け取ったルイジェセンは大王の尊号を自ら称した。しかし、輝かしい面はここまでだった。絶世の権勢を手にして以降、ルイジェセンの中に溜め込まれていた好奇心と探求心の皮を被った毒は、それを抑え込んでいた総意という毒を遂に克服し、すぐにも人間の許容量を越えてしまったかのようにどす暗い面を覗かせ始める。循環する不変から逸脱した行為を誰も止め得なかった。

 ルイジェセン二世が君臨するミナッツ王国は辛うじて教圏に含まれた。教圏半島におよそ五万平方キロの本土領、同じ程度の大きさの島を一つ、その半分の大きさの島を二つ領有している。大島を真珠島しんじゅとうと呼ぶ。異教国との玄関口であり、全世界の通商の一大拠点として極めて重要な地点である。大昔は代官所を置いていたが現在はここに宮殿を置いて巨万の富を築いた。この通商運営を始めた王は、かつて本土諸侯たちの不平不満を買ってこの真珠島しんじゅとうに流されたのであったが、今では経済力を背景に強固な王権を樹立しつつあった。本土には王家の血統男子を副王として遣わすが、王国を分裂させまいとする意思表示に他ならず、かつて諸侯の特権を確認した幽王ゆうおうルイジェセン一世以来人質と了解されてきた。実際、本土諸侯には大幅な自治と特権があり、歴代王には本土運営にまったく意志を見せないで真珠島しんじゅとうの交易にのみ専念する者も現れた。残る二島は交易もするが真珠島しんじゅとうの食糧供給を担う小麦島こむぎとうと王直下の軍船を預かる軍艦島ぐんかんとう。かつて本土諸侯が真珠島しんじゅとうへの輸送を絶ち、王領三島が食糧危機に陥った頃の苦い経験の産物である。

 しかし、このミナッツ王国を教圏の一国に数えるべきかどうか。半島の最南部にあり教圏教義の神の威光が最後に到達した地域では、教圏の拡大と共に影響力を深める聖公座せいこうざと地域主権を保持する伝統王家との対立が他に類を見ないほど激化した。かつて王家が島に流されたのもこの聖と俗の争いの一過程であり、ミナッツ王家は聖公座せいこうざを外敵と見なしてきた。真珠島しんじゅとうに異教聖堂の建設を許して王領で牽制させ合い、異端とされるアドゥース派を擁認ようにんするによって、聖俗という次元を異にする故に勝てる見込みのなかった闘争は、聖公座せいこうざが主張する聖と王国が主張する聖、聖公座せいこうざが有する俗と王国が有する俗という二つの次元で緊張と緩和が繰り返された。異教帝国の輿入こしいれ船巡航によって空前の水準まで高まった聖俗の緊張を解消したいルイジェセンの聖公座せいこうざ対策に巻き込まれる形で、ウェルシャは利用されたのだった。聖公勅書せいこうちょくしょによって和解は成立していたものの、あくまでも教圏国への宣言であり、輿入こしいれ船が扇動した事実無根の宣伝は聖公勅書せいこうちょくしょどころか簡単な文字さえ読めないあらゆる民衆に伝わった。破滅に繋がる悪名を払拭するに足る十分な話題が、ああした劇的なまでの美談が交じり合った戦功がどうしても必要だった。

――語彙ごいに乏しく機転のきかない通詩つうしが元で戦争になりうる。自らの言葉で微妙な言い回しを選択できたので、異教徒の帝王を罠に陥れられた。

 <戦記>を冷徹に語るルイジェセンは強靱な頭脳と精神を併せ持つ学者気質の男であることは間違いなかった。幼い頃から異教徒の先端技術や神の存在を否定するような自然科学を身につけ、八つもの言語を操った。王国の特殊な前歴は聖公座せいこうざとの争いを宿命付けて安息をくれなかったが、大抵は王位についてから少しして大きな代償を支払って痛知する類の、聖公座せいこうざ主導の正統教義を絶対視し習俗や思考を合わせようとする総意とは無縁でいさせた。政治的な独創性を示すには時代がそれを許さなかった為、この点だけは残念だと評するささやきもあるが、過去を現在に置き換え、将来を予測し、そのように実現できる能力と権力をも有していた。不変を打破しようとする旺盛な好奇心をその原動力として。その偉大な好奇心のたがが名声の高まりと王権の膨張によって弾き飛ばされてしまったのが<戦記>を著して以降だった。

 様々な、究明を欲した限りの人体実験が行なわれたという。

――人は自然のままであった場合、何語を話すのか。ライン語、アリア語、エウス語、コルト語であろうか。異教徒のイブラ語、トール語、オロバ語であろうか。古きシニウス語、更に古きサーニー語なのだろうか。それとも知られていない、神なる者の言語を語るのであろうか。

 この当時唯一の絶対権力者の知的探求心を満たすため、妊婦と同じだけの聾唖ろうあの女が集められた。赤ん坊が生まれるとすぐさま買い取り、聾唖ろうあ女たちに養育をやらせた。肌の色、髪の色、瞳の色、宗教も風俗もまったく異なる乳母たちに育てられた赤ん坊の中には、高貴な王の血を継ぐ自身の子までも混ざっていた。放っておけば火種を起こしかねない性悪女が母親の庶子だからであった。

 授乳、排泄、入浴といった世話のみを施した結果、赤ん坊たちはみな死んだ。大王の庶子も死んだとされる。実験失敗に不満足のルイジェセンはもう一度行わせた。やはり赤ん坊は死に続けた。変化があったのは赤ん坊ではなく聾唖ろうあの乳母たちだった。腹を痛めて歓びと共に産んだわけではないが、自分の乳で育てる赤ん坊に微笑みかけることも、あやすことも許されず、次々と死なれてしまう生き地獄に耐えられなくなった。めしいろう片輪かたわ白痴はくちなどの先天性障害者はらい病患者のようにその症状が罪の証と解されて、健常者の共同体の一員には絶対になれない。その境遇は苦難としか言いようがない。街道で物乞いをして教会や修道院の施しを授かって細々生きてゆくしかない。世の諦念を極めていた彼女らにか弱い命が預けられた。自分たちが初めて双腕に抱く、自分にしか守れないもの。

 彼女たちは決意した。当たり前、という総意が今では不自然と思われるほどに蔓延する時代の中で、この決意という意識がどれほど強烈で新鮮な薫風を帯び、そしてどれほど苛烈な生き方と死に方を求めるのか、彼女たちに知る由もない。しかし、彼女たちは決意した。

 やがて、大王ルイジェセンは本土副王として遣わしていた息子たちと諸侯に反乱を起こされた。実験場の警備が緩くなった隙に乳母たちは担当の赤ん坊を抱いて逃亡。追跡を逃れた母子は三組と判明する。

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