三
それから俺は、本当に幸せな毎日を過ごした。
不思議なことに、それがきっかけであるように、就活も上手くいった。いわゆる中小企業だけれど、とりあえず俺は内定が決まり、卒論も進行具合に特に問題なく進んでいた。
早いけれど、卒業旅行も兼ねて、君を誘おうと思った。そのシーズンにすると、満足いく旅行にならないような気がしてさ。それに自慢にはならないけど、大学での俺はあまり友達はいなかったし、せっかく彼女がいるのだから、一緒に行きたかったんだ。
自動車免許は持っていたから、車で行こうと言った。恋人とドライブをするのも、夢の一つだったんだ。レンタカーを借りて行こう、と君に提案すると、初めて、君から拒否された。
「ごめん、シュウジ君。私ね、車、駄目なの」
俺の夢が一つ崩れる。
訳を訊くと、君はこう言った。
「私ね、昔、車の事故をこの目で見たの。それ以来、車には怖くて乗れないのよ。休みはちゃんと取るから、電車で行こう?」
そう言われてしまえば、俺に夢を突き通す意味はなかった。君の嫌がることなんて、したくないさ。
二泊三日、ベタだけど温泉に行くことにした。
数時間電車に揺られる。久しぶりの旅行に、胸が高鳴った。その上、恋人と二人きりの旅行だ。初めての経験だったから、緊張と期待と、後は純粋に楽しみで仕方がなかったよ。
目的地へと着き、俺たちは観光をしたね。
時代を感じさせる雄大な神社を見て周り、感じるがままの会話をする。
「私たちが生まれる、ずっと、ずっと前から、こうやって時代は積み重ねられてきたのね。……その中で、次の時代に襷を渡せなかった人も限りなくいる。私は、それを思うと胸が痛いわ」
「まぁ、そうだね。望む命を生きれなかった人は多いさ。それでも、その人たちも、それを知る人たちの中で、生き続けていたんじゃないかな」
君との会話の中に、時折三年前の彼女の姿を見つけた。嫌味なものではなかったけれど、流石に、俺は切なくなるときがあった。雰囲気を感じたのか、君は俺に訊く。
「何か、引っかかるものでもあるの?」
はっきりと言ってしまうのは怖かった。言葉にするという、そのものが。口にしてしまうと、それと共に、彼女の存在自体が空に消えてしまう気がしたから。彼女は最早、俺を構成する一つだった。だから俺は、その一部を失わんが為、言わずに話を進める。
「いやさ、亡くなった人の無念を背負う人は、きっといるんだよ。その人の心を持ったまま、生きようとする人がさ」
君は小さく、そうだね、と言い、俺たちはまた風景に意識を移した。
綺麗な景色だったなぁ。そして、そこにいる君は、何とも美しく、絵になった。
俺たちが泊まった旅館は、それなりに名の知れたところだ。二人して、要望を出し合って決めた旅館だ。夕食は、普段俺が食べるものとは各段に違う豪勢なものだった。
幸せと言うのは、こういうことだろう。大切な人と、日常から離れた大切な時を過ごす。
紛れもなく、俺はその中にいたんだ。
その旅館には、各部屋に露天風呂が設置されていた。君のリクエストだったね。邪魔されないで、景色を見ながら湯につかりたい、と。食後のお茶で一息ついた後、俺たちはゆったりとそこへ入った。
君の濡れた髪に、雫が滴る。首筋を撫でるその雫が、とても色っぽかった。胸の谷間に浮かぶ水玉は、俺をどうにかしてしまうようだった。
いや、ま、その後のことは……君も知っているだろう、深くは言わないよ。