二
メールでは、おはようとか、今日もお疲れ様とか、そういった内容ばかりだったから、君のことをちゃんと知ったのはこのときが最初だった。俺より三つ年上で、血液型はA型。恋人はここ数年いないこと。大学も地元近くだったけれど、就職するときにこちらへ出てきたのだという。
そしてその地元は、俺の実家とそう遠くない町だった。
「駅前の桜並木がなくなったのは知ってる? 昔は落ちた花びらを集めて、放り上げて花吹雪、ってよく遊んだんだけどね」
「え、線路沿いにあったあの桜並木のことか? 俺、あんまり帰郷しなかったからなぁ……親父と歩いたのを覚えてる。そうか、なくなっちゃったんだ」
「知らなかったんだ。色んな人に好かれていた景色だったのにね。前に、『誰が桜を切ったんだ!』って叫んでる人がいて驚いたわ」
「はは、相当気に入ってたんだな。まぁでも、気持ちはわかるかな。俺も、市に問い合わせてやろうってくらいなら思うかも」
お互いが違う思い出を持ちながら、同じ景色を共有できることが嬉しかった。まだ君を知らなかった俺が、その君と同じものを見ていたんだ。感じるものが違っても、今それを分け合うことができる。そう思うと、少し近付けた気がしたんだよ。
気付けばもう日も暮れ始めていて、その日はカフェを出て解散となった。本当はもっと一緒に居たかったけれど、社会人の君を長く付き合わせるのには気が引けたからさ。
そうやって、俺たちは何度も二人で出かけた。それが二桁になろうとする辺りで、俺は腹を括ったんだ。
季節が変わろうとする頃だった。
自信は多少なりともあった。何せこれだけ一緒に出かけたのだし、君のメールで嫌そうなものはなかったから。
それでも、俺はとてつもなく緊張したよ。その告白の言葉は、今思うと気恥ずかしい。
それを言ったのは、駅ビルの最上階、ちょっとした夜景が見渡せる場所だった。
「俺たち、結構二人で出かけてるよな」
「うん、そうだね」
「こうやって、一緒に出かけて、楽しい人って、一番楽しい人って、君なんだ」
「うん、私も、シュウジ君だよ」
それを聞いてほっとした。けれど、これが答えではない。
「だからっ、あの……俺たちの、肩書きを、変えてほしい」
「……何に?」
「えっと……友達から、恋人に」
君は少し沈黙したね。その沈黙の意味は俺にはわからなかったけれど、きっと何か思うところがあったのだろう。
半袖の服装には少し肌寒い風が吹き、悪い答えも想像させた。けれど。
「……うん、じゃあ……肩書き、変えてください」
俺は、今なら死んでもいいと思った。今死ねば、何よりも幸せな状態で死ねる、それくらいに嬉しかった。
その日、別れ際に初めて、君とキスをした。