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 俺はいわゆる三流大学の出だ。

 卒業というものが目に見えてきた頃、特につてもない俺は、ひたすらに就職活動に勤しんでいた。

 不況の煽りは厳しい。そう先輩たちから話には聞いていたけれど、俺もそうなるとは思っていなかったよ。甘かったんだな。ノイローゼまでもう少しだ。

 それでも一縷の望みは捨てず、無謀とはわかっていたけど、君がいた会社の面接を受けに行ったんだ。

 ……結果を言うなら、君の居た会社には受からなかった。

 そりゃそうだろう。大企業の人事部が、三流大学出の特別な実績もない馬の骨を、採用するものか。

 けれど、俺はそれでも満足だった。

 何せ君に出会えたんだ。

 俺はこのとき、君と出会えた事を、何よりもの幸せだと感じたんだ。

 運命なんて言葉は、俺は信じていなかった。それでも、そこで出会った君に、俺は他になんて言葉を言えるだろうか。

 偶然、奇跡、巡り合わせ……。

 いや、やはり……君と俺は、運命で結ばれていたんだよ。

 

 面接に向かったにもかかわらず、俺はその会場がわからず右往左往していた。あたふたしていても仕方がないと、ともかく受付に訊こうと思った。緊張していたんだな、入ってすぐのはずの受付を見逃していたんだから。気持ちを落ち着けて辺りを見回すと、そこに君がいたんだ。

 そのときの俺の気持ちをどう表そうかな。うん、全てがどうでもよく思えた。君の姿を見た瞬間、この人がいれば俺は何でもできるんじゃないかと、馬鹿な思いを抱いたんだ。

 でもそれは、間違いじゃなかったと思う。現に俺は今まで、こうしてやってこれたんだから。

 呆けている俺に、君は声をかけた。

「あの……当社に何か御用ですか?」

 その声に俺は正気を取り戻した。取り戻したのだが、自分でも驚くべき言葉を吐こうとする。

「えっと……すみません、こんなこといきなり言っていいことじゃないのはわかっているんですが」

 君は若干訝しげに、首を傾げて返したんだ。

「……はい? あ、もしかして面接ですか? でしたらエレベーターで三階まで上がってください。そこにまた案内員がいますので」

 俺は本当にどうかしていたのかもしれない。普段じゃ考えられない言動だった。

「いや、面接もそうなんですけど、お願いします、あなたの名前と連絡先を教えてください!」

 それを聞いた君の顔は、とてもおかしなものだったよ。必死に頭を下げる俺がちらりと目をやったとき、君は呆れ顔で口を開けていた。当たり前の反応かもしれないけれど、今思い出すと笑いがこぼれるくらいだ。

そして、俺が頭を上げて君の目を見据えたとき、君はこう言ったんだ。

「ふふ、面白い人ですね。――とにかく! 面接頑張ってくださいよ! 私の連絡先は、あなたがここに戻ってくるまでに書いておきますから」

 その言葉を聞いて、俺はこの会社に受かってやると意気込んだ。無理は承知でも、そう思ったんだ。

 そして俺は君の案内通りにエレベーターに乗り、会場に着いて面接を受けた。けれど、正直なところその間の記憶はあまりない。

 面接を終えて一階に降りてくると、君は俺を見つけるや否や、

「どうでしたか?」

 と、訊ねてくれた。

 俺は苦笑しながら返す。

「……自信は全くないです。資格もつてもないもんですから」

「そうですか……でも、ま、もし受かったらよろしくお願いしますね。受からなくても、待ってますから」

 そう言って、君はメモ用紙を俺にくれたんだ。


 メモ用紙に書かれていた連絡先に、メールを送った。

『こんばんわ。昼間にあなたの勤める会社に面接を受けに行った藤崎です。正直採用される自信はないです……でも、まだ頑張ります! 良かったら返信ください』

 俺はどうしたんだろう。こんな積極的になれるとは思ってもいなかった。無茶苦茶だけど、多分君がそうさせたんだ。

 返事が来るまでの間は、なんだか強引過ぎた自分に後悔しつつ、それでもこれが転機なんだと祈り続けた。

しばらくして返事が届く。

『お疲れ様です。そんな弱気でいないでください。就活頑張って! いい報告を待っていますね』

 君のメールの言葉は、俺にどれほど力をくれただろう。一歩違えばノイローゼになっていたはずの俺は、君のメールで気持ちを奮い立たせたんだ。


 それから一日に数通のメールをやり取りするようになった。君からの返信を、今か今かと待ち続けていたんだよ。

 君からすれば、急に連絡先を聞かれてメールをするようになるなんて、もしかしたら怖いことだったのかもしれない。

 それでも俺に連絡先を教えてくれたのは、何か感じるところがあったからだろう?

 俺は、君と出会ったその瞬間に、もう既に恋をしていたんだ。一目惚れってやつだよ。 君が俺を本当に見てくれるようになったのは、しばらく後だったけど。




 俺が人を好きになったのは、これが二度目だった。

 初めての恋は高校生の頃。高校二年生から、大学の一年間、付き合い続けた。

 大学に入学してから、俺は一人暮らしを始めた。他県の大学だったから、最後の一年間は遠距離恋愛だった。

 彼女は絶世の美女、と言うわけではなかったけど、とても優しくて、一緒にいると心が癒されるような女の子だった。

 彼女との別れは、本当に唐突なものだった。彼女は事故に遭い、命を失ったんだ。

 アルバイトからの帰り道で、彼女は車に撥ねられた。夜遅かったからか、目撃者はおらず、犯人は捕まらなかった。

 事故に遭ったと彼女の両親から連絡をもらった俺は、兎にも角にも彼女の元へ急いだ。

 二日ほど危篤状態が続いていたけれど、その間に一度だけ、彼女は目を覚ました。

 彼女はほとんどが吐息でしかない、小さな声で俺に言ったんだ。

「ごめんね……わたしの分の幸せ、シュウちゃんにあげるから……ちゃんと幸せになってね」

 この言葉は、今でも忘れられない。

 彼女を失った悲しみは、三年近く俺を縛り続けた。実家に帰ることも考えたけれど、なんとか大学には通い続けた。何かしていないと、彼女のことを思い出してどうにかなってしまいそうだったから。

 そして、やっとのことで立ち直って、就活の忙しさに追われている頃に、君に一目惚れをしたんだ。それは、見かねた彼女が指し示してくれたんじゃないかって思ったよ。わたしの分まで幸せになれって言ったでしょ、とね。

 君に言った言葉を反芻していると、彼女に申し訳なく感じたけど、彼女は幸せになって、と言った。俺は彼女の思いを抱いたまま、幸せになる努力もしなきゃならないと感じたんだ。

 君と連絡を取るようになってから、自らのけじめのつもりで、墓参りと、彼女の両親に挨拶に行った。俺と彼女は、お互いの両親も知る仲だったから。

 俺が、好きな人ができました、と彼女の両親へ伝えると、二人は喜んでくれた。

 良かったね、と。これで私たちは君を縛り続けずに済む、と。ありがたくて涙が出たよ。

 ただ娘と付き合っていただけの俺に、そこまで言ってもらえるなんて。このときに俺は、君と幸せになりたいと、心の底から思ったんだ。


 連絡を取るようになって何度目かの週末、君は俺の誘いに乗ってくれた。

 待ち合わせは駅から数分の、巨大なモニターが設置されている所。ここは待ち合わせ場所としてよく利用されていて、恋人や友人を待つ人たちが大勢いる。俺もその中に混じって、君の姿を探した。とはいえ、まだ約束の三十分も前だ。君を待たせまいと、意気込んで家を出たのはいいけれど、少し早すぎたかもしれない。君の姿を見つけられるのは、まだもう少し先だ。

 辺りを見回しながら、君のことを考える。なんとも久しぶりな感情が胸を満たしていた。 君はどんな服で来るのだろう。長い髪は束ねているのだろうか。もしかして、会社に出向くよりも、気合を入れてお化粧をしてきてくれるのだろうか。会ってからの第一声はなんて言おう。

 そうやって考えている内に、約束の時間の十分前となった。もしかしたら来ないかもしれない、そんなことをふと思い、不安を感じて辺りを見回すと、人と人との合間に君の姿を見つけた。

 安心した、と言うよりも、とても嬉かったよ。約束通り来てくれた、それだけで、とても。

 君の服装はカジュアルにまとめられていて、髪は俺の予想していたように、後ろに束ねていた。綺麗だった。面接のときに見たよりも、活発なイメージを受けたよ。

 名前を呼んで、手を振った。君はそれに気付いて、笑顔になってくれた。小走りで俺の所まで来て言う。

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

 俺は待たされたなんて、これっぽっちも思わなかった。

「とんでもない。あなたを待たせたくなかったんで、勝手に早く来たんです」

 君は、ふっと笑って、

「ね、敬語はやめよう? せっかく二人で出かけるんだもの。堅苦しさはいらないわ」

 そう言った。

 俺は、また君に喜ばされたよ。気遣いはいらない、という気遣いにさ。

 初めてのデートは、二人で映画を見た。

 俺はあまりこういう経験がないから、とりあえず無難なところを選んだ。恋愛映画だ。

 どういう印象を君に与えるのかはわからなかったけれど、どうやら楽しんでくれたみたいだった。

 近場にあったカフェに入って、今見た映画について語り合う。

「面白かったね。けれど、凄く切ないお話しだった。私はただひたすらに、幸せな恋がしたいわ」

「そうだな。けれど、現実はなかなかに厳しいよね。俺もそんな恋がしたいよ」

 俺の過去は言わなかった。少し重い、暗い過去だし、君との初デートをそのことで台無しにはしたくなかったから。

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