その6 ~蝕に呑まれて1000年後~
現代編スタートです。この辺りはささっと行く、予定です。。
目が覚めると板間に寝かされていた。
「気がついたか?」
「ここは・・・?あんたは一体?」
気付けば憑依は既に解けている。双子の気配は感じるが、他人を警戒してか離れた場所からこちらを見張っている様だ。すぐに葛の葉の気配を探したが酷く弱々しい。周防・虎目の気配も同様であり、まるで冬眠についているかの様だ。
「俺は坂上道一、この神社のモンだ。宮司の親戚だと思って貰えればいい。海水にずぶ濡れで転がってるとか尋常じゃないが取り敢えず体は大丈夫か?」
「あぁ。大きな怪我は無さそうだが・・・繰り返すがここはどこなんだ?」
「ここは“信太森神社”、“葛の葉稲荷”と呼ぶ事もある。」
◆ ◆ ◆
(そうか・・・確かあの時、母さんの全力を受け止めるのに朱魅と梔子の力を完全に解放して・・・。時空をねじ曲げちゃったのか?)
(どうやらその様です。私たちは“蝕”に飲まれて別の世界に転移したと考えるのが自然でしょう)
(朱魅!無事だったのか。しかしここは一体どんな世界なんだ?)
(私も梔子も無傷です。朔夜さまが全力の霊気を開放して防御して下さったのが幸いしたようです。朔夜さまがお休みの間に梔子に辺りを調べさせたのですが、ここは随分と文明が発達した世界のようです。また、妖の気配が殆ど感じられません)
「あの・・・」
「ん?」
「兄から目が覚めたと聞いたので様子を見に来たのですが・・・」
見れば巫女装束に身を包んだ5~6才ぐらいの少女が襖の隙間から顔を覗かせている。
「食欲が有ればと思って簡単な物を作ってきたのですが・・・お茶だけにしますか?」
「取り敢えず茶を貰おう。落ち着いたら粥も頂きたいのでそこに置いておいてくれ。」
「では30分ほどしたら戻ってきます。何か必要でしたら言って下さい。」
◆ ◆ ◆
(取り敢えず俺たちが居る世界がどう言う所なのか確認する必要が有るな。幸い言葉は通じるようだし他国に飛んだのでは無いのか、或いは意思疎通の式が自動発動してるのか?)
(あくまで私たちの見解ですが同じ国の違う時代のようです。式を意識的に展開・解除してみましたが朔夜さまとあの兄妹の会話は問題なく聞き取れました。文明がかなり発達している所を見ますと随分と後の時代なのではないかと。ただ、妖の気配が殆ど感じ取れないのが不可思議ではありますが・・・)
(まあまずはあの少女の言う通り食事を摂って下さい。私たちは憑依で朔夜さまの霊力をお借りしていましたが、朔夜さまはかなり消耗なさっているはずです。それにもうすぐあの少女が様子を身にやってくるでしょう。)
◆ ◆ ◆
「落ち着かれましたか?あ、お粥食べて頂けたんですね。」
「あぁ。世話になった。済まないが俺がここに来た時の様子を教えてくれないか?近くの海で波に呑まれたところまでは覚えているのだが、そこから先の記憶が無いんだ。ここはどこで、今は何時なんだ?」
この世界の常識が分からない為、記憶が曖昧と言う事で話を濁す。
「何だか平安時代のコスプレみたいなのを着て水浸しで神社の境内に転がっていたんです。今は20XX年の3月2日、暖かくなってきたとは言え夜中は冷えるので早く見つけられて良かったですね。」
「二千年?知らない暦の数え方だな。藤原道長とか安倍晴明とか言う人物について何か知らないか?」
共通の知識を引き出せるかと有名人の名前を挙げてみる。
「済みません、藤原のナントカって人は良く分からないですけど、安倍晴明なら知ってます。確か1000年ぐらい前に活躍したって言う伝説上の凄い人ですよね。」
「・・・せんねんぐらいまえ???」
「はい、あ、済みません、あたしあんまりその辺良くわかんないのでお兄ちゃん呼んできます。妹のアタシが言うのも何ですけどあの人異常にキレるんで。」
それだけ言い残すと、返事を待たずにとてとてと部屋を出て行った。
「・・・名前聞きそびれた」
◆ ◆ ◆
(どう思う?)
(と、言われますと?)
(正直にこっちの事情を公開して出来うる限りの情報を集めるのがよいか、あくまで事情を隠しておく方が良いか。)
(今は身を寄せる場所が無いのであまり警戒心を抱かせない方が良いと思います。見た感じ、敵対する人物には思えませんし子供ながら頭も良さそうなのでかみ砕きながら説明されてはいかがでしょう?ただ、その前に式が正常に発動するかどうか確認するのが先決だと思いますが。)
確かにそうだ。式が発動するのならば大抵の事からは身を守る事が出来る。広くない室内なので大規模な式をぶっ放す訳には行かないが、五行の基本となるごく小規模な物を発動したり、大規模な式を思い描いて霊力が体内で反応するか確認する。
いずれも問題なく行使出来て、朔夜は一つ安堵の息をついた。
(朱魅、念の為に“憑依”しておこう。)
(随分念入りですね?)
(念の為、だよ。)
◆ ◆ ◆
「落ち着いたようだな。改めて自己紹介しよう。俺の名は坂上道一、こっちのちっこいのは妹の陽茉莉だ。親戚が神社の宮司をやってるが、こうしてたまに留守番みたいな事をしてる。」
「俺は・・・朔夜だ。
「名字は思い出せない?何か言えない事情でもあるのかな?」
「・・・」
「まぁ良い。妙な事はそれだけじゃない。
朔夜君を見付けたのは夕方のまだ明るい時間帯だった。ここから海は確かにそう遠くないが、狩衣みたいな目立つ格好をしてずぶ濡れで歩いていれば嫌でも目立つし、誰かに運んでこられたとしても神社の境内まで上がるには何百という階段を担いで上がって来なきゃならない。これまたとんでもなく目立つ。あんな状態で一体どうやってここまで来たんだ?」
何か言い返そうにも朔夜自身が現状を把握出来ていないために言葉が継げない。
「それにさっきの朔夜君は体力を消耗して真っ青だったが今は体中から炎でも立ち上っているかのように元気が漲っている。お茶とお粥で其所まで回復するんなら医者はみんな廃業しなきゃならない。」
「―――!!!」
まさか朱魅と憑依した霊力のゆらめきを感じ取られるとは思わなかった。
そもそも霊力が弱い人間にそうそう感じ取れるものではない。妖の気配に乏しい世界だと聞いていたので気が緩んでいた事に加え、念を入れて霊力の強化のために憑依をした事が裏目に出るとは完全に誤算であった。
ふぅ・・・と一つ大きな息をつくと温くなったお茶を飲み干して一つ一つ語り始めた。
◆ ◆ ◆
「・・・成程。伝説の葛の葉に育てられた少年で、“蝕”と呼ばれる次元の歪みに呑まれた、と。」
「驚かないのか?」
「僕はこう見えて徹底した合理主義者なんだ。自分の常識の範囲で合理的に考えて有り得ない事が、自分の常識外の理論で考えた場合すんなり説明がつくのならそれはそれ以外の事実では有り得ない。目の前に実際に起こっている事が自分の知らなかった理論により形成されていた、只それだけの事だ。これ以上の否定は合理的ではなく、逆に屁理屈だ。」
「・・・成程。」
朔夜には道一に朱魅との憑依を感知された理由が何となく分かった。
彼は非常に優秀な陰陽師としての資質を持っている。
陰陽道とは一言で言えば、自らの霊力を以てこの世の理を操る技術である。
それにはまず理を知らねばならない。
現在のものとは体系が違うが、れっきとした科学技術なのだ。
勿論、道一にそれ相応の霊力が備わっている事が大前提ではあるのだが・・・
「今度はこっちから質問させて貰って良いかな?あ、勿論嫌なら答えなくて良い。」
初対面でまだ警戒を解けきれない朔夜だったが、君のためでもある、と言う道一の言葉に答えられる範囲で返答する事にする。
「今まで、君達の世界で“蝕”に呑まれた人について詳しく教えて欲しい。どれぐらいの人数目撃されているか、どんな人が飲み込まれたか、“蝕”から帰ってきた人はいるのか。」
「俺も詳しく知ってる訳じゃないけど・・・」
「知る範囲で構わない。特に重要なのは“蝕”から帰ってきた人がいるかどうか、だ。」
「主に起きうるとされるのは大きな式を展開した時だ。それもただ強力と言うだけではなく本人に御しきれない式を展開した時。並の使い手ならそもそも“蝕”を起こし得るだけの式を展開出来ないし、逆に熟練の使い手ならそれを暴走させる事は少ない。俺みたいに霊力は高いけど自己防衛のために無意識のうちに強力な式を展開したり、強力な妖と戦っている時に暴発させてしまったり、後は稀な事だけど、強力すぎる妖を封印する為にわざと暴発させて“蝕”に飲み込ませる、なんて使い手も居た。」
「だから、そこそこあるにはあるけど自然発生的に起こる物ではなく必ず誰かの霊力による時空の歪みが伴う。そして、戻ってきた人は俺が知りうる限り一人だけだ。」
「・・・ひょっとして。。」
「そう、多分想像通り。」
「安倍晴明。彼は“蝕”を制御出来ていたと言って良い。」
◆ ◆ ◆
「彼が“蝕”から戻って来るまでそれは一方通行だと思われていた。しかし彼は帰ってきた。」
「最初に飲み込まれた時は流石の彼も偶発的だったらしい。しかし呑まれた後、すぐに同じ場所に空間が開いて帰ってきた。そして彼は強大な式を手にした。」
「強大?聞いた感じだと君も葛の葉さんも十分に強大なようだが??」
「ああ。それでも全く理解が出来ない。どうして“蝕”とあの術が関連した“式”として存在し得るのか?
ここが葛葉神社だというなら聞いた事ぐらいあるだろう。“反魂の術”とか“地返しの術”とかを。」
「!!!」
「ある日彼は父の保名殿を生き返らせようと試みた。そしてその時初めて“蝕”に飲み込まれた。」
「誰もが『あの晴明をしても・・・』と思った時、彼は帰ってきた。保名殿は黄泉がえり、それ以降晴明殿は“蝕”とともに反魂の術を起こす事が出来るようになった。」
◆ ◆ ◆
「・・・ふむ。興味深い。実に興味深い。」
「面白がっていないでそろそろ教えて欲しい。ここはどこなんだ?どうしてこんな話をさせる?見たところ同じ国の、どうやら1000年くらい後のようだけど詳しい話を聞かせてくれるんだろう?」
「うむ。順番に話していこう。まずここは日本・・・朔夜君の居た大和と呼ばれる国の未来の姿だ。歴史上は安倍晴明は平安時代の西暦1000年頃に活躍したとされるから、大体そこから1000年後の信太の森近辺だと考えて貰って良い。そしてこの世界では妖はいない。いや、居るか居ないかは定かではないが少なくとも世間一般では信じられていない。朔夜君が話した“殆ど妖の気配がしない”という話ともこれは矛盾しない。」
「と言う事は母さんや周防や虎目達はもう・・・。」
「まあそう焦るな。これも予想の範囲内だが、“蝕”という物が僕の想像する通りの物ならばまだ可能性はある。」
「晴明殿は『保名殿を生き返らせたい』と願ったと言ったな?では朔夜君は飲み込まれる時何て願った?」
「・・・みんなともっとずっと遊んでたかった。母さんを残して行きたくない。」
「それだ。それなら恐らく大丈夫だ。」
「焦らさないでさっさと教えてくれ。」
「“蝕”とは世界を想像する、或いは多元宇宙の中から希望する世界を手繰り寄せる力だ。」
次か、次の次ぐらいで本編に入る予定です。異次元に行ったら書きたい事が山程あるのに!