*横柄
「いい? 途中で嫌になっても彼をクビに出来ないのよ。そういう契約をしたのですからね」
部屋で荷物をまとめる娘に婦人は言い聞かせるように発する。
「解ってるわよママ」
ベスは鼻歌交じりで軽く返事をした。
彼女は自分がどんな家に生まれたのか、その立場を解っていない……誘拐すれば数十億という金を要求できるのだ。
実際はベリルが側で護衛して、遠くからガードたちが見張るという方法を取る。慣れない仕事で彼なりに不安もありその方が安心だ。
彼は人質の救出や、内戦で取り残された住民の救助を主な仕事としている傭兵である。
「え、死なない?」
正式に雇いたいと言われたとき、彼は危険性を考え仕方なく不死である事を暴露し「自分を雇うのは止めた方が良い」と簡単な説明をした。
「だったら安心よね。ママ」
「え、ええ……そうね」
少女の笑顔に乗せられるように頷く。
「……」
こりゃだめだ……彼は手で顔を覆った。
旅行の日まで彼は部屋をあてがわれる事になったが……まるで、このまま逃すまいとしているようにも見える。
案内された客間をひと通り眺めて眉をひそめベッドに体を投げるように横たえた。
「ふむ……」
こんな依頼を受ける人間は他にいそうもない。どう考えても最後まで何も無いとは思えん……彼は天井を見つめて小さく溜息を漏らした。
「忘れ物は無いわよね」
旅行を今か今かと待ちわびて何度も荷物をチェックする。
「あの人と一緒にか~……」
少女は帽子を握りしめベリルの顔を思い起こす。
想像とは違った整った顔立ちに一瞬で魅入られたように動けずエメラルドのような綺麗な瞳に心を奪われた。
「あんな人が傭兵してるんだ……」
傭兵のイメージがあの一瞬でがらりと変わった。15歳の少女のイメージなどそんな程度だ。
「はあ、のど乾いた」
ひとしきり想像して満足したのか、つぶやくと立ち上がり階下のダイニングに向かう。
「あっ……」
前からベリルが歩いてくるのが見えて、自分の家なのに少女は何故かギクシャクしてしまった。彼はさして気にせずに彼女を一瞥し横を素通りする。
「……なによ、あれ」
ふつう挨拶とかするもんじゃないの!? 彼の態度にムッとして廊下をずんずんと強い足取りで進んだ。
彼は意図的に少女と距離を置いていた。いくらこちらに興味が無くとも相手は多感な年頃だ、あまり接する事はしない方がいいだろうと正しい判断をしていた。
すでに手遅れ。なのだが……
夕暮れ──
「! はい」
ふてくされてベッドで横になっていた少女の部屋のドアがノックされた。
「!?」
入ってきた人物にドキリとする。
「準備は出来たか」
「う、うん」
その荷物にベリルは眉をひそめた。
「……なんだこの量は」
「レディだもの、最低限の荷物よ」
鼻を鳴らして得意げな少女に彼は頭を抱え深い溜息を吐き出した。そして目を据わらせてゆっくりと荷物を指さしながら発する。
「これを、一体、誰が持つのだ」
「あ」
一人旅だという事を忘れていた訳じゃない。しかし生まれてからずっといる周りの人間の事を無意識に考えてしまうのは仕方のない事だ。
「3分の1に減らせ」
「ええっ!? 無理よ」
「ならば旅行は諦めろ」
「そんなっ!?」
彼女の抗議も虚しく彼はそう言うと無表情で部屋から出て行った。
「なによあれ……」
ベスはあっけにとられ閉められたドアを見つめる。
「なんなのよあいつ! すっごいエラそうにさっ! 雇われのくせにーっ!」