*受け継がれる意志
40歳になったエリザベスはいよいよ社長の座も間近になる。
この頃に彼女は1人の男の子を養子に迎えその子を愛した。跡継ぎのいない事を嘆いていた両親であったが、彼女が決めた事だからと素直に受け止める事にした。
「ママ。お話して」
「いいわよ。何がいいかしら」
養子にしたルイスのベッドの側で優しい笑顔を見せる。
「強い傭兵さんのお話がいい」
「! ルイスはそのお話が好きね」
少年は満面の笑みでうなずく。
「うんっ、だって凄く強くて正義の味方だもん」
「そうね。じゃあ、どこから話そうかしら」
彼女はそうしてゆっくりと語り出した。
かつて、自分を護ったベリルの事を──
「母さん」
「! ルイス」
会社から出てきた彼女に20歳になったルイスが車の中から声をかける。
「またそんな軽装で……だめだよ」
「ごめんなさい」
肩をすくめて苦笑いを返した。
50歳になったエリザベスはルイスを社員に迎え自分も社長として忙しい日々を過ごしていた。
ガードし続けてくれていたピエールは引退し、彼女は感謝の証として彼のために郊外に家を建てた。
それが今まで護り続けてくれた彼らへの礼なのだと彼女は引退したガードたちにその後の生活を約束した。
血はつながっていなくとも、ルイスにとってベスは誇れる母だった。
そして、昔ベッドで聞いた話はおとぎ話などではなく事実だという事を知る──不死者が本当にいるなどと誰が信じるだろう。
ベリルのいる世界で彼の存在は『公然の秘密』となっている。
今まで幾多の組織が彼を捕え調べたが、不死の因子を得られた者はいない。そのため彼はそのまま野放し状態という訳だ。
母にとっては、それは悲しい恋だったかもしれない。しかしその結果、自分は彼女の養子になる事が出来た。
ルイスの心中は複雑だった。その傭兵に会えば、答えは得られるんだろうか……
「……」
ルイスは、目の前にいる青年をマジマジと眺めた。
やっと探し当てた人物──ルイスは言葉を詰まらせる。何から話せばいいのか目の前のベリルに当惑するばかりだ。
そんな青年にベリルも眉をひそめる。
知らない番号からの電話で切り出された言葉が、
<あの……っ! 俺、エリザベスの子供なんですけど……。お話聞かせてください>
「は?」
我ながら間の抜けた返しをしたものだ……ベリルはその時の事を思い起こし小さく溜息を吐き出した。
「何の用かね」
「用……用は、えと……」
会ったら何を言おうか色々と考えていたハズなのに、いざ会うと何を話していいのか思考が混乱する。
コーヒーを傾けて目の前でオロオロする青年を眺める。
数分後に青年は決心したように目を向けた。
「あの……母、エリザベスの事をどう思っていますか?」
「! 直球だな」
「すいません」
恐縮するルイスを一瞥しカップをテーブルに乗せる。
「知らない他人という訳ではない。少なからずではあるが何かしらの感情はあるだろう」
「じゃあ……!」
「だが、それだけだ」
笑顔を見せたルイスに無表情に言い放った。
「え」
「お前にはすまないが恋愛感情は無い」
言って立ち上がる。
「!? ちょっ、ちょっと待って下さい!」
追ってくるルイスをギロリと睨み付ける。
「お前たちの世界には存在していない相手に何を言うつもりだ」
「でもっ! 母はあなたの事をずっと想ってきたんですよ!」
吐き捨てるように放たれた言葉にカッとなり声を張り上げた。
「それでも私には何も出来ん」
「ベリルさん……っ」
「解ったのなら帰れ」
「……」
立ち去るベリルの後ろ姿をしばらく見つめていた。