*涙
「レディ、怪我は?」
1人の老齢なガードが彼女に近寄り少し心配そうな面持ちで問いかける。
「無いわ」
「奴が偽物だとよく解りましたね」
「だって、これで何人目? ベリルの名で私を誘拐しようとした人」
老齢のガード、ピエールに苦笑いを見せる。ブラウンの髪と目、ガッシリとした体格だがすでに50代に近づいていた。
裏の世界で多少名の通った人間なら、ベリルの事を少しくらい知っていてもおかしくはない──大会社に身代金を要求するとき下調べは入念に──その際に彼女がベリルにガードされていた時の事も浮かんでくる。
大体、同じようなセリフに「またか」と肩をすくめずにはいられない。
それでもその中に一つの真実があるかもしれない……と彼女は相手の言葉に聞き入る。
結末はいつも最悪。
「レディ……」
「その呼び名、恥ずかしいわ」
ピエールの言葉に困った顔で発する。尊敬の念を込め社員もガードも彼女の事を「レディ」と呼ぶ。
「!」
ピエールがおもむろに差し出したモノに首をかしげた。
「これは? ……!?」
差し出されたDVDの下に隠れていたベリルの写真に体が強ばる。
「レディ、今日はあなたの誕生日です」
「え、そうね」
「あなたの心を深く傷つけてしまうかもしれないと悩みましたが……俺の友人に頼んで奴を撮影してもらいました」
「! ベリルを?」
複雑な瞳を見せる彼女にピエールは苦い表情を少し浮かべたがそれを手渡して静かに部屋から出て行った。
「……」
写真を見つめる。端正な顔立ちとエメラルドの瞳。視線はこちらを向いていない、隠し撮りしたのが一目瞭然だ。
「ベリル……」
ゆっくりデスクに歩み寄りDVDをノートパソコンに滑り込ませた。そこに映し出されたのは紛れもなくベリルの姿だ。
<C班! 何をしている、動きが甘い>
少しも変わらない彼の姿に、ベスはディスプレイに見入った。どこの戦場かは解らないが作戦の指揮をしているようだった。
「ふふ……服がボロボロになってる」
頭から血が流れてるじゃない、また無茶したのかしら。きっと大変な作戦なのね……出会ったときとなに一つ変わっていないその姿に瞳からひと粒の涙がこぼれる。
「……っベリル」
それが引鉄のように止めどなく涙が溢れ出した。