*胸の痛み
こういうのが「あうんの呼吸」というものなんだろうか? 2人を交互に見つめて感心した。
「あとは俺たちがやっとくから続きの仕事してこいよ」
近くにあった蛇口をひねり血を洗うベリルに代わりの服を手渡す。
「頼む」
「いいの……?」
「残りは全てカーティスがやってくれる。集めた人数分の報酬を払わなければならんがね」
「!」
カーティスという人に目を合わせるとウインクされた。
少女の父が住んでいる家まで、奴らから奪った車を走らせる。
「……」
ベリルのような人たちがいるから世界は回っているのかもしれない……ベスはぼんやりとそう思った。
この数日間は長いようでいて短いような、そんな感覚だ。今までも何度か狙われたことはあったけれど、こんな風に周りのことを考えたことはなかった。
命を賭けながら命を守ることって……どういう気持ちなんだろう。
少女は彼の横顔を見つめながらぼんやりとそれを考えていた。
「パパ!」
「ベス」
外に出て待っていた父に勢いよく抱きつく。
それを見つめている彼のそばに車が1台、静かに横付けされた。
「大丈夫かね?」
「ああ……すまなかった」
車から出てきたガード2人に気遣いの言葉をかける。
「突然、引っ張られてしこたま頭を殴られたよ」
ガード2人は痛そうに頭をさすった。
「ベス嬢が無事で良かった」
「うむ」
再会を喜んでいた2人は安心したように微笑み合うと、ベリルたちに足を向けた。
「みんなありがとう」
「よくベスを護ってくれた」
2人からの言葉に一同は笑みを返す。
「入ってくれたまえ。君たちには礼をしなければな」
「しかし……」
「いいから入って!」
戸惑うガードの背中に手を添えて父は中に促した。少女はベリルの腕を掴んで引っ張っていく。
深夜──ベリルはブランデーを片手にバルコニーで1人、椅子に腰掛けていた。
「ベリル」
少女が戸惑いながら声をかける。少女らしい薄いピンクのネグリジェに、淡いオレンジのカーティガンを羽織っている。
「寝ないのか」
「ん……もう少し」
グラスを傾けて遊ぶ彼をしばらく見つめた。
「ベリルには恋人とか、いないの?」
「いないね」
彼の答えに少しドキリとする。胸の高鳴りを必死で抑えて続けた。
「気になる女の人とかは?」
「何故そんな事を訊く」
「! そ、れは……」
「……」
言葉に詰まった少女を一瞥し、小さく溜息を漏らす。
「気になる女性はいない。これからもだ」
「どうして……?」
少女の胸にズキリと痛みを与えた。
「私は恋愛感情が欠如している。年齢や性別は関係ない」
「!?」
口の端をつり上げて言い放った彼に何も返せず、ただ見つめた。
「私……私ならきっと大丈夫だわ!」
彼女は必死に声を絞り出す。
「……」
少女の言葉に眉間にしわを寄せる。
「大好き!」
首に腕を回し抱きしめるが、彼は無表情に宙を見つめていた。
「よせ」
「!?」
回していた腕を外され冷たくあしらわれる。
「今までも何人かいたがね。必ずいつかは無理が生じるものだ。苦しむと解っていて相手を認めることは出来ない」
「そんなこと無いよっ!」
涙を浮かべて見つめる少女に彼はクスッと笑みをこぼす。
「私の事など忘れた方が良い」
「イヤ」
「お前の感情は単なる憧れに過ぎない」
「違いなんてわからない! あと5年待って! そうしたらきっとあなたに似合うレディになるわ」
「死なない相手を好きになるのは不幸だよ」
「それを決めるのはあなたじゃないわ」
「他の女と同じ事を言う」
「私をそんな馬鹿な人たちと一緒にしないで!」
「終わらない問答は止めだ」
そう言って立ち上がった。
「ベリル!」
「もう会う事はないだろう」
「!?」
冷ややかに見つめる瞳に胸が締め付けられた。
心にくすぶるものはあったが少女は一週間、父と楽しく過ごした。
「!」
帰りの護衛のため訪れた彼に体を強ばらせる。車で飛行場まで向かい、ビジネスクラスに搭乗して飛行機が飛び立った今も2人の間に会話は無い。
「……」
このまま別れてもいいの……? 少女は心の中で何度も自分に問いかけた。
ニューヨークに到着し、ロビーから見慣れた車が目に映る。
「! これ……」
「彼らが預かっていてくれていた」
指した方向には黒いセダンが駐まっていた。少女はその車にも見覚えがある。ガードたちの車だ。
「……」
なんだか懐かしい……オレンジレッドのピックアップトラックを見つめて小さく笑みをこぼした。