*お嬢様
ベリルは知人に呼ばれて豪邸に顔を出した。
知人というのは、ボディガードの会社に勤めている男で今はこの豪邸に住んでいる家族のボディガードの1人をしている。
煌びやかなリビングルームに通され高級なティカップに香りの良い紅茶が注がれている。彼の前にはか弱そうな40代ほどの女性がじっと見つめていた。
背中までの綺麗なブロンドが緩やかにカールしていて見るからに上品そうだ。
「……私は傭兵なのだが。その私に、ご令嬢のボディガードをしろ。と?」
彼は眉をひそめて先ほど彼女が口にした言葉を再び確認した。
「はい」
潤んだ瞳で応える。
この女性のクセとでも言うべきか……彼に色目は利かないが強いてそうしている訳でも無いらしい。
「……」
リビングの入り口に立っている男にエメラルドの瞳を向けるとその男は「頼むよ」という目をした。確かに傭兵も警護の仕事を請け負うことはよくある。
しかし「たった1人の子供を護ってほしい」という仕事はさすがに初めてだ。
「少し彼を借りてもいいかね」
先ほどの男を軽く示し、彼は溜息を漏らして立ち上がる。
「説明してくれるかね。ピエール」
中庭に出て男に問いかける。男を見上げると金色の短髪が小さく揺れた。
ソフトデニムのジーンズに濃いグレーのインナースーツ。その上に薄手の淡い水色の半袖前開きシャツを合わせている。
「お前にはすまないと思ってるよ……でも奥様のたっての頼みでさ」
ごつい体を縮こまらせて頼み込む。赤茶けた硬い髪と小さな青い目から見て取れるのは、ひと回りほども小さいベリルに頭が上がらないということ。
男が護衛しているのは貿易や外資を手がけている大会社の家族である。
数日前に彼は婦人から悩みを持ちかけられた──
「え? 信用出来る強い傭兵……ですか?」
「ええ、お願いできるかしら」
「どうして傭兵なのです?」
「ベスのこと知ってるでしょう?」
「エリザベス嬢が何か……?」
婦人は深い溜息を吐き出し、口を開いた。この夫婦には一人娘がいる。
「あの子……1人で夫の出張先に行きたいって突然言い出したの」
ピエールは驚いて声を張り上げる。
「ええっ!? ご主人の出張先は正反対の場所ですよ……」
「あの子まだ15歳だし、とても危険だから1人くらいボディガードを連れて行きなさい。って言ったの。そしたら……」
「絶対イヤ! ボディガードだけは。それなら傭兵の方がまだマシだわ」
もちろん意味も解らず言っているのだろう。
「いつもいつもボディガードに護られてどこへ行くにもボディガード! 気の休まる日が無いわ」
と、いっぱしに少女は母親に意見した。
ムサい男たちに周りを囲まれて息の詰まる毎日……半ば意地になって彼女は「パパの所へ行く」と言い出した。
困ったのは両親だ。
妻から電話で相談を受け、夫は頭を抱えた。仕事がまだ一段落していないいま帰る事は出来ない。月に一度は帰っているものの……少女が言っている事はそういう事では無いし。
「いや、待て。ベスは『傭兵の方がまだマシ』と言ったんだな?」
「ええ……それがどうしたの?」
「だったら傭兵に頼めばいいじゃないか! ガードの誰かに傭兵を頼んでみてくれないか」
「まあ! それは良い案ね」