匂いの記憶
2人は強く抱き合っていた。互いに体を強く求め合った。理性を無くし、本能のまま動いていた。不思議な力が働いているように、2人は出会い、そしてはいめてとは思えないほど互いを理解できていた。
男は大学3回生だった。世にいうハイスペ男子で、それだという自認もあった。清潔感のためなら手段をいとわず、金もかけてきた。ガールフレンドは申し分ない美貌のものが自分の性欲を満たせる人数いたし、元カノとも総じて良好な関係を継続していた。この日は自宅のある麻布から有名な海外の交響楽団の来日公演を聴きに夢の東京国際フォーラムホールAにきていた。
女は町工場の娘で27歳だった。一応大学を出て、あまりいい内定がもらえず、今は家業の工場で事務をしていた。いわゆる陰キャであったが顔立ちは整っており人並みの経験はあった。この日は友達と件のコンサートを聴くはずだったが、体調を崩したらしく仕方なく1人で行っていた。
2人は隣の席だった。正確に言うと、女は友人が隣の席をとっていたことは知っていたことから、2席座ることができた。最初は男側でない方の隣が同年代の女性だったため最初はそちら寄りに座っていた。
女は飢えていた。少し胸元のフランクな服を着ていた。何しろ職場は賞味期限のとっくに過ぎた小汚い男ばかりだった。
男はいつでも飢えていた。お金と女はいくらあってもいいと思っていた。
一部が終わり休憩となった。女が最初に立ち上がり、男の方からロビーに出ようとした。その時女の足の素肌と男の手が触れた。2人ともその時ある種のオーガズムに似たものを感じた。
公演終了後、2人は自然と会話していた。波長があい、近くの居酒屋で飲むことにした。近況や出自、最終的には恋愛遍歴まで話した。もちろん互いにいいように加工をして話した。そうであることを互いに察しつつも、話は大いに盛り上がった。2人とも終電の時刻は知っていた。つまり、すんなりホテルに行くことが決まった。
入室するや否や、女はそれまでずっと繋いでいた手をさらに強く、もう片方の手も繋ぎ、体を抱き寄せて口を近づけた。男は余裕な様子で、もうちょっと互いのことを知ってからでもおそくはないんじゃない、と言いながら舌を絡めた。
翌朝起きると、男も女も1人だった。ただぼんやりと昨日の記憶が映像ではなく残香として2人の頭に匂っていた。2人はふっと笑ってもう一寝入りしようと布団を深く被った。




