世話好き側妃を、陛下は愛でたい
「シエラ、おいで」
彼女を腕の中に収めて安心しながら眠ることが、この時は最良だと思っていたのだ。
大国ともなると、自国からも他国からも側妃がやってくる。
それらすべてに寵愛をやれるほど、私には暇もなければ、心を分けられるほど情もない。
正直、正妃側妃関係なく、夜に部屋を訪れるのは疲れていた。
迫られ、子が欲しいと泣かれ、悟られないように笑みを見せながら相手をし、子が生まれたら生まれたで争いが勃発し、目を向けなくてはいけないことでも逸らしたくなるほどだった。
そんな時に、また新たに入ってきた側妃がシエラだった。
初夜の日のことが、忘れられない。
彼女の部屋に入るなり、ベッドに連れ込んで早々に切り上げようなどと虚なことを考えていた私に、シエラはこう言ったのだ。
「陛下、顔色がよくありません。ちゃんとお休みになられていますか?」
これまで私の体調を気遣う側妃もいたから、また同じような手かとため息を吐きそうだった。
「ああ、しっかり休んでいるよ」
「…でも、やっぱり顔色がよくありません。陛下、もうお休みになられてください」
そう言ってシエラは私の袖を引っ張ると、そのまま私をベッドに寝かせた。
この側妃はこうやって迫るのかと思ったら、布団をかけられ、手元の照明を絞り、薄暗い部屋の中でシエラは柔らかい声で言った。
「おやすみなさいませ、陛下。良い夢を」
それだけ告げると、シエラはソファーに寝転んだので、慌てて起き上がった。
「何をしている」
「え、ここで寝ようかと」
「は、いや、こっちに来たらいいだろう?」
「初対面の人間が隣にいたら、休まらないかと思いましたので」
「というか、初夜なのだぞ!?」
「はい、初夜ですね」
平然と答えるシエラが何をしたいのか訳がわからず、警戒心を強めた。
が、シエラは拍子抜けするようなことを言ったのだ。
「側妃はいくらでもいますし、私の代わりもいっぱいいます。ですが、陛下はたったお一人です。その御身の方が大事なのですから、陛下の体調が最も優先されるべきです。私との初夜など、捨て置けばいいのです」
言っている意味を理解できないほど疲れていて、ひとまずベッドに来るように言った。
「一緒に過ごしていないとわかれば、侮られる。いいからこっちに来なさい」
シエラは素直に来ると、「隣、失礼致します」と、私とかなり間を空けて横になった。
なんだこの娘は…と思いながら横顔を見ると、薄暗い中でも微笑んでいるのがわかった。
「おやすみなさいませ、陛下」
あっさり寝息を立てられて、今度こそため息を吐いた。
そのままつられるように、自分も眠っていたらしい。
翌日起きたら頭痛が改善されていて、睡眠の大事さを痛感した。
「顔色、昨日よりいいです。よかったです」
シエラはそれだけ言って、私を責めることもなければ、文句を言うこともなくただ笑っていた。
それからというものの、シエラの部屋を訪ねても、もてなされるだけだった。
「陛下、ハーブティーはいかがですか?」
「…ああ、いただく」
「いつものように、アロママッサージをしてもよろしいですか?」
「ああ、それはいいが」
「では、すぐにご用意しますね!」
甲斐甲斐しく世話するのが趣味なのか、シエラはこのように何かと寝かしつけるために色々やってくる。
今日のハーブティーも美味しい。
香を焚いたり、香水を振りかけたりしていないようで、いつ来ても部屋の匂いはキツくない。
「陛下、足元失礼致しますね」
私の履物を脱がせると、シエラはたらいに用意したお湯の中に私の足を入れさせた。
ポタリとアロマオイルを垂らして、お湯と一緒に私の足をもみほぐしていく。
あったかくて、落ち着く…。
湯浴み担当の者より上手くて、つい、提案されるとやってくれと頷いてしまう。
こんなこと、側妃にさせるべきではないのに。
そもそもシエラの部屋は何度も訪れているのに、初夜を済ませていない。
今日こそと思っているのだが、気づくと眠ってしまっている。
シエラのそばは、気を張れないでいた。
「このハーブティーは、君が淹れているのか?」
「はい。祖国のお茶なんです。花などを組み合わせて、効能を高めるんです」
「これは、何に効果があるんだ?」
「安眠に、リラックス効果に、消化促進と、疲労回復ですね!」
「…私はまだ、疲れているように見えるのか」
「ふふっ、はじめてお会いした時よりはずっといいですよ」
楽しそうに笑いながら、ふくらはぎを揉まれていく。
はじめてマッサージされた時は警戒したが、シエラは必要以上に私に触れることはない。
せいぜい触れられるのは、膝までだ。
シエラからは、何も求められない。
それが居心地良くて、週に一度はこの部屋を訪ねてしまう。
あまりに頻繁に来ていると、他の側妃から苦情が来そうだと頭の片隅にチラつく。
丁寧にマッサージされ、足元の温かさとハーブティーの温かさで気が緩んでいく。
「陛下、失礼しますね」
私の手からティーカップを取ると、片付けていく。
それから、私をベッドに横にならせて、目元に蒸しタオルが置かれる。
ほんの少しだけ、花の香りがして、それらを吸い込むために深呼吸をした。
眠気に襲われながらも、シエラに隣に来るようにポスポスと自分の横を叩いた。
「蒸しタオルは、もういいのですか?」
「ああ、十分だ。君ももう休みなさい」
「もったいないお言葉です」
そう言って、蒸しタオルを回収すると片付けを終えてから、シエラは隣に来た。
「おやすみなさいませ、陛下」
「…いや、今日こそ寝るわけには」
「睡眠は大事です。それに陛下が休んでくださると、私もお役に立てているのだと嬉しくなります」
眠い目の先でシエラが笑っていて、そんなこと言われると、眠気に抗えない。
「…せめてこっちにおいで、シエラ」
布団の中で手招いて、シエラを自分の腕の中に引き寄せる。
びっくりしたように何度か瞬きしたシエラが見られて、そういう顔をもするのかを思った。
「君は私の側妃だろう」
「はい、そうですが」
「君のそばはよく眠れる。近くにいてくれ」
「ふふ、かしこまりました。おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ…」
最後まで返事が出来たかわからないままに、私は今日も眠りに落ちた。
次の日、私の腕が離れなくてどうしたらいいのかと迷っているシエラがいて、一気に目が覚めた。
「おはよう」
「おはようございます。クマが薄くなっているようですね」
「それはよかった。君のおかげだな」
「ありがとうございます」
笑うと可愛いんだよなと思いながら、緩く腰を抱いた。
それにも驚いたようだったが、見なかったフリをした。
「何か礼がしたいのだが、欲しいものはあるか?」
「えっ」
「君にはしてもらってばかりで、何も返せていない」
そう言いながら、顔にかかっていた髪を払うように頬に触れると、シエラはわかりやすく火照った。
いじらしくて、1人でその気になりそうだったが、もう朝だ。
残念ながら、仕事が差し迫っているし、シエラをその気にさせる時間もない。
「考えておいてくれ」
「で、ではっ、祖国の茶葉を頼んでもよろしいでしょうか!」
「君の国のお茶というと、いつも淹れてくれるハーブティーか?」
「はい。私が持ってきたものは、そろそろ無くなりそうなので」
「そういうことなら、手配しておく」
「ありがとうございます!」
シエラは手を組んで、キラキラの目でこちらを見上げてくるから、何か後ろめたい気持ちがしてくる。
大国の王としても、夫としても、私はシエラに何もしていないというのに。
久々に自国の側妃が執務室にまで押しかけてきて、今夜は私のところに来てくれと喚いたので、向かっている最中だ。
頭が痛い…、側妃に差などあってはならないのに、なぜか自国の者というだけで優遇されると思っている節がある。
父親を考えれば無視できないが、特別扱いできるほど有力でもない。
胃まで痛い気がしてきた。
「ジャロン様!お待ちしておりましたわ!」
側妃は出迎えるなり、すぐに腕に絡みついてくる。
むせ返るほどの香の匂いに、思わず顔を顰めそうになる。
「私、ジャロン様がお越しにならなくて寂しかったですわ!」
「ああ」
笑顔だけは貼り付けて、そのまま相手の望むことを済ませてしまおうと思った。
ベッドに連れて行けば、隠しきれていない歪んだ笑みをしていた。
早くとねだられているのが、嫌でもわかる。
これを次代に引き継ぐまで、繰り返さねばならないというのなら、王なんてものは人扱いの枠から外れている。
そんな奥底に仕舞っていたはずのモヤが顔を出していく。
だからこそ、国を統べる者として、己の心など捨てたはずだったが、シエラのそばは心地が良すぎたな。
もうなるべくあの部屋には、近寄らないでおこう。
シエラが隣にいると、私は王ではなくなってしまう。
「最近は、あの野蛮な国の貧相な娘のところばかり行かれていると聞いて、私心配だったのです…!」
私の頬に手を伸ばして、甘えるようにねっとりと言葉を紡ぐ。
ああ、気持ちが悪い。
「私はジャロン様のものです、そしてこの国の者です。今一度、大事にするべきものを見てくださいませ」
本来は、それこそ笑顔でその口を塞いで、何も聞かなかったかのように情事に持ち込んでしまえばよかったんだ。
だというのに、うっかり深くため息を吐いてしまった。
「はああ…」
「ジャ、ジャロン様?」
「お前は、私のものだな?」
「はい!そうにございます!私だけを見てくださいませ!」
「では、お前が貧相だと軽々しく侮辱した側妃も、また私のものだ」
「え、っと…」
「私のものだというのに、その彼女を否定するとは、私をも否定するということだな?」
「ち、違います、私はっ…!」
「私のものを偉そうに選別出来るようになったのだ?随分と、この私を軽く見られたものだ」
血相を変えたのか、それすらわからないほど、この部屋は煙たい。
「不愉快だ。しばらく貴様のところには来ないから、そのつもりでいろ」
「お待ちください…!私は、ジャロン様を想って!」
それでも伸ばしてくる手を払って、怒鳴りつけることなく、静かに告げた。
「ここが嫌なら、実家に戻っても構わない。私は、お前がいなくても困らないからな」
そう言って部屋を抜け出したその足が、近寄らないと先ほど決めたばかりのシエラの部屋に向いている。
あとで、あの家から来る抗議が面倒そうだ…。
もっと上手くやればよかった。
側妃など、そんな人数いらないというのに。
シエラの部屋を訪れると、驚いてはいたが迎え入れてくれた。
「どうかされましたか、えっ、陛下…!?」
掻き抱くようにシエラを腕に収めると、シエラの声がすぐ下から響いてくる。
「ジャロンだ」
「へっ?」
「名前で呼んでくれ、シエラ」
「…ジャロン様?」
髪に顔を寄せると、いつも蒸しタオルから香ってくる淡い花の匂いがして、めいいっぱい吸い込んだ。
「あの、匂いを嗅がれるのは、恥ずかしいのですが…」
「シエラ」
「は、はいっ!」
「君は、私と寝るのは嫌か?」
覗き込むように顔を見ると、シエラはきょとんとしていた。
「いつも隣で寝させていただいていますが…?」
「側妃としての勤めを果たすのは、嫌か?」
そこまで言うと意味がわかったようで、以前のように顔を赤らめ始めた。
「わ、私のやるべきことだと思っていますが」
「が?」
「…陛下には、その気がないのかと思っていました」
「君のそばは安心してしまって、眠気に勝てないんだ…」
「それは、睡眠をとっていただけて嬉しいです」
「でも、それだけじゃダメだった」
その瞳に自分が映るように、少し離れて屈んでみせた。
「シエラ、君が欲しい。私は君に何も返せていないが、望んでもいいだろうか?」
他の側妃だったらそんなことすら聞かないだろうにと、自分の責める声も聞こえる。
何が差をつけないか。
すでに、心のうちでこんなにも差をつけているくせに。
私は、まだまだ未熟だった。
「陛下が、ジャロン様が望まれるものをお渡しするのが、私の本望です」
シエラが小さくはにかんだのを見て、そのまま抱き上げた。
とりあえず、今はシエラだ。
私は、この娘がいっとう愛おしくて、たまらないのだ。
ベッドまでの距離ですでにオロオロしているシエラの額にキスを落として、大丈夫だと笑いかける。
側妃を減らすか、何か対策するか、抗議への対処も終わったら全部やるから。
今だけは、この安らぎを享受させてくれ。
「シエラ、愛している」
了
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