簡単なお話
誰に頼まれたわけでもない。
背中を押した人間も、保証してくれた人間もいない。
それなのに彼らは、上京した理由を「仕方なく」みたいな顔で語る。
人が冷たい、と言う。
物価が高い、と言う。
空気が悪い、家賃が高い、水がまずい、疲れる、孤独だ、と続く。
じゃあ何で来たんだよ、と思う。
誰かに拉致されたわけでも、仕事を奪われたわけでもない。
「東京に行けば何か変わる気がした」
その曖昧で無責任な期待を、自分で荷造りして、新幹線に乗せただけだ。
東京は優しくない。
それは最初から分かっていたはずだ。
分かっていた“つもり”だった、が正しいのかもしれない。
この街は、努力すれば報われる場所じゃない。
努力しても埋もれる場所だ。
向いている人間だけが、何事もなかった顔で立っている場所だ。
それを、後出しで文句を言う。
「こんなはずじゃなかった」
その一言で、選択の責任を街に押し付ける。
田舎が悪いわけじゃない。
畑を耕す人生が劣っているわけでもない。
ただ、自分で選んだ場所を憎むほど、格好悪いことはない。
帰ればいい。
土の匂いのする場所に。
夜がちゃんと暗くて、星が見えて、コンビニが二十時で閉まる町に。
それを「逃げ」だと言うなら、
東京で愚痴を垂れ流しながら生きるのは何なんだ。
この街は冷たい。
でもそれは、誰にでも等しく冷たい。
期待を持ち込んだ人間だけが、勝手に凍えている。
私は今日も、無言の人波を避けながら歩く。
誰も慰めてくれない代わりに、誰も責任を取ってくれない自由の中を。
それが嫌なら、最初から来なければよかった。
それだけの話だ。




