36 核心に至る扉の前で
アスパームの消臭大作戦によって街の匂いも(ほぼ)落ち着き、リンの精神も(ギリギリ)安定を取り戻した頃。
「よーやく落ち着いたわね……」
「はい。臭気レベルもほぼ通常値に戻っています」
「と、いうわけで、ルキウスによって中断していたSoDAの隠しコードの秘密を解く旅に行こうと思うんだ。すまんが後を頼む」
そう言って、さっさと旅支度を終えて出立しようとする3人に対し、ガイとSolaは不満顔で抗議をする。
「で、なんで俺らだけなんだよ……また留守番かよ……」
「えーん……私も行きたかったですぅ……」
「いや、お前らはほら、防衛戦の要だから、な?」
「それはそうかも知らんが……つまらん」
「じゃあ、『お土産』か『ご褒美』を要求させてもらいます!」
「Sola、私が《《マスターと旅行中》》、お留守番よろしくお願いいたします(ドヤァ)」
「キー!なんでそんな顔してるんですかっ!」
「SoDA?私もいるのよ?」
そんなやり取りを背に、カイト・SoDA・リンの三人は、森の奥深くにひっそりと佇む古びた小屋――バニラ博士のもうひとつの隠しラボへと向かったのだった。
「……ここか」
小屋は、外見こそボロボロの廃屋だった。だが――
「空間座標、3.3センチの誤差。内部に広い構造体。……隠しラボで間違いありません」
SoDAが周囲をスキャンすると、歪んだ木壁の奥に、高密度合金の扉が浮かび上がった。
「さぁて……今度こそ、博士の本命の研究が見れるってわけだな」
と、カイトは手を伸ばした――が。
ガシィィィン!
「うわ、閉まった!? いや、開かない……?」
どれだけ魔法式を流しても、扉はウンともスンとも言わない。
「……ロックされたままね」
「SoDA、解析できるか?」
「はい。……ロック基盤に触れます」
SoDAが扉に手を置いた瞬間、光が迸り内部コードが投影された。
《ACCESS DENIED》
《typeHG:認証不一致》
《要求:Code:ICE──完全解放》
「……これって……」
「SoDAが 『Code:ICE 』を“解除した状態”じゃなきゃ開かないってことよ」
「……つまり、この扉には……私の“完全状態”が鍵として設定されている」
「博士……なんでそんな仕掛けを……?」
「理由は恐らく」
リンは扉に手を当て、静かに言った。
「この奥には――[Code: RED CHERRY of THE TOP]、もしくは聖杯……そのどちらか、あるいは両方が眠っている」
「…………!」
SoDAの目が揺れた。
自身の存在理由を左右する情報が、この先にある――それは確信に近かった。
「ってことは……まずは SoDA の『Code:ICE 』 を、どう突破するか調べなきゃならないってことだな」
「その通りよ。でも仕様書もない、解除条件も未定義……つまり、何をすれば解けるかが、まだはっきりしないけど、ね」
「……私は人間の抱えている矛盾を、すでに受け入れています。これ以上何を……」
「」
リンが言いかけた、その時。
【通信:緊急――Eランク】
《ピーーーーーッ!!!》
「……はぁ?今度は何よ⁉」
リンの顔が険しくゆがむ。
Solaのホログラムが乱れ飛び、ノイズまみれの声が響く。
『こっ、こちらSolaっ……! カイト様っ……っ!』
「落ち着けSola!何が――」
『ル……ルキウスが……っ……』
カイト・リン・SoDA、三人の顔が同時に死んだ。
「またかよッッ!!」
「くっ……今回は何をしたの!?」
「マスター。“殺意”という語彙の追加を申請してもよろしいでしょうか」
『いっ……いえ……今回は――』
ホログラムで飛び出してきたSolaが泣き声混じりに続ける。
『ルキウスが……ルキウスが、街の広場で「究極の美学・第2章」を開始しました! 彼は今、純白のグランドピアノを街の中央で奏でながら、自作のポエムを弾き語っています! 住民たちが……住民たちが、あまりの寒さとシュールさに、物理的に凍りつき始めています!』
「……なにやってんだアイツ……」
『毎時きっかりに“大帝国美声独唱タイム”とか称して……広場の真ん中で……』
『あの……ポエムが聞くに堪えない自己陶酔のカタマリな上、その……メチャクチャ音痴なんです……!住民のみなさんがどんどん不調を訴えていって……!』
SoDAが淡々と補足する。
「マスター。音声解析の結果、ルキウスの歌唱は“人間の許容周波数外のゆらぎ”を生成。精神汚染に分類されます」
「もうアイツなんなんだよ!」
『とにかく!!カイト様、お早くお戻り下さい! でないと……この街が……!!』
『さぁぁああ!!麗しき私のファンたちよぉぉぉぉ!!』
通信は、ルキウスの絶叫と共に途切れた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……帰る、か……?」
「…………帰るしか……ないわね……」
「マスター。帰還後、ルキウスに対し“適切な処理”を施す許可を申請します」
「気持ちは分かるけど、命は取るなよ……?」
三人は同時に、深く深ーく肩を落とす。
こうして、SoDAのブランク・コードの謎を解く旅はまたも中断され、“歌う生体兵器”と化したルキウス討伐のため、三人はアスパームへと駆け戻ることとなったのだった。




