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03 透き通る黒


 まるで憑き物が落ちたような穏やかな顔で座り込んでいる兵士を横目に、カイトは店内の隅に置かれた、金属製のキャリーケースを持ち出した。


 そこには、バニラ博士が遺したアーティファクトと、数種類のシロップ瓶、スパイスらが整然と収められている。



 「錬金術の触媒はこれでよし。行くぞ、SoDA。まずはこの街から浄化する」


 「了解、マスター。GPS・センサー起動。『感情濃度』の低いエリアをスキャンします」



 SoDAの瞳が翡翠色に明滅し、網膜に街のホログラムマップが投影された。

 彼女は指先を宙に滑らせ、一つの巨大な影を指し示す。


 「……見つけました。中央区にある第3塔。ここが『黒濁水』のプラントです」






  街の中央にそびえ立つ第3塔は、まるで黒い注射器のように夜空を突き刺していた。


 カイトとSoDAは、通気口を伝って施設の中核へと潜り込む。そこには巨大なタンクが並び、ドクドクと不気味な音を立てて漆黒の液体が蠢いていた。


「……ひどい匂いだ。焦げたゴムと、死んだ鉄の味がする」


 カイトが顔をしかめる。

 そこへ、上階から冷ややかな声が響いた。


「不純物が紛れ込んだか。味覚などという前時代の遺物に執着する、哀れな亡霊め」


 現れたのは、この街の管理官、ゼロ。

 彼は全身を白い防護服で包み、感情を完全に遮断するヘッドセットを装着していた。


「ゼロ……!」


「その娘を渡せ。彼女の内部にある『アーカイブ』を分解し、効率的なエネルギー源として再利用するのが社会のためだ。無駄な(きおく)に価値はない」


 ゼロが合図を送ると、天井から無数のドローンが降下し、高周波の振動波を放つ。

 それはSoDAのナノ・バブルを崩壊させる「消泡振動波」だった。



「うっ……! マスター、出力が……安定しません……!」



 SoDAの体から光が失われ、膝をつく。

 カイトはとっさに彼女を背負い、バースプーン「エトワール」を構えた。



「価値があるかないか、決めるのはお前じゃない!」



 カイトはキャリーケースから、メロンシロップとは別の、琥珀色の瓶を取り出した。



「SoDA!『スパイス・コーラ』を生成する!」


「それは……刺激が強すぎます! 私の回路が焼き切れるかも……」


「お前なら大丈夫だ!あいつにはバニラの甘さだけじゃ勝てない。今こそ、世界に『刺激』を取り戻すんだ!」


「……はい!」


 純喫茶錬金術の魔法陣に浮かぶ『スパイス・コーラ』にSoDAが手をかざす。

 その瞬間、彼女の髪が翡翠色から燃えるような琥珀色へと変色した。


「全感覚、オーバーライド……! シナモン、クローブ、カルダモン……そして、高圧炭酸、最大充填!」



 SoDAの指先から、エメラルドの光ではなく、黄金色の雷光が迸る。



「『リベリオン・バースト)』!!」



 放たれたのは、抑圧された人々が抱く「怒り」と「熱狂」を、複雑なスパイスの香りで増幅した高圧エネルギー波。 消泡ドローンは一瞬で弾け飛び、黒濁水のタンクは内側から沸騰するように爆発した。



「な、なんだこの……熱い感覚は……! 私の計算に、こんな不規則な振動は……!」



 ゼロのヘッドセットが割れ、彼の瞳に「驚愕」という感情が走る。

 タンクから溢れ出した黒濁水は、SoDAの放つ泡と混ざり合い、次第に透明度を増して輝き始めた。


「マスター……やりました……!」


 琥珀色の髪をなびかせ、SoDAが微笑む。

 その周囲には、失われたはずの「コーラの爽快な香り」が立ち込めていた。


「ああ。これでおしまいじゃない。この泡を、風に乗せて街中にバラまくぞ」



 カイトは配給塔のメインバルブを開放し、上空に巨大魔法陣を展開する。

 街に降り注ぐの人々の味蕾を、心を、そして死んでいた瞳を叩き起こす、黄金色の霧。


「……これでよし。あとはレジスタンスに任せよう」


「制圧確認。次はどこの街の『喉』を潤しに行きましょうか、マスター?」


 SoDAはカイトの隣で、新しく覚えた「刺激的な味」を噛みしめるように笑った。







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