02 あの日の記憶を呼ぶトリコロール
かつて人類の喉を潤し、心を跳ねさせたシュワシュワとはじける泡。
そして、心を優しく包み込む甘味は、平和の象徴だった。
しかし、全てにおいて効率を正義とする「シュガーレス党」が突如として世界に台頭。瞬く間に世界の経済を掌握すると「シュガーレス帝国」の建国を宣言し、独裁専制政治によって意に沿わないものの弾圧を始める。
それは食品にも及び、天然の炭酸水と繊細な甘味は「余計な感情を呼び起こす非効率・不健全な不純物」として排斥された。世界は、無機質な合成飲料「黒濁水に支配される、味気ないディストピアへと変貌した。彼らが配給するそれは、栄養素と中毒性のみを抽出し、風味・色・香りを一切排除した「効率的飲料」かつ「神経刺激剤」。人々はそれを飲むことで一時的な多幸感と活力を得るが、引き換えに「繊細な風味」を感じる味蕾と、情緒豊かな心を失う。
そしてそれこそが、支配する人間の余計な感情を削ぎ落し、従順な「働きアリ」を生み出す鍵だった。
そのことに世界の人々が気付くには、あまりに遅く、表舞台から人々の甘美な感情や記憶と共に、豊かな甘味もまた失われていった。
◇◇◇
かつての歓楽の灯りと声が死に絶えた廃墟の街。
その一角にあるビルの地下への階段を下ると、時代に取り残された「聖域」があった。
そこは「伝説の聖杯」とまで呼ばれたクリームソーダを供していたと噂される、最後の純喫茶。
店主のカイトは、埃を被ったカウンターの奥で、最後の一瓶となったメロンシロップを磨いていた。瓶の中の液体は、薄暗いランプの光を受けて、深淵のようなエメラルド色の光を放っている。その外では、自由を奪う帝国の軍靴の音が、アスファルトを叩く無機質なリズムを刻んでいた。
「マスター、本当にやるのですか? 」
カウンターの隅から現れたのは、淡い翡翠色の髪をした少女、SoDA。彼女の体温は常に低く、動くとパチパチとした静電気のような微小なスパークが走る。
「……ああ。レジスタンスも、もう限界だろう。それに奴らも気づいたようだしな」
そう言うや否や、帝国の特殊舞台「ブラック・コーラ装甲部隊」が店の扉を開けて侵入してきた。
「無駄な抵抗をするな。その娘をこちらによこせば、事は穏便に済む」
カイトは静かにグラスを置き、その手に銀色に光るバースプーンを握る。
「貴重な一枚板の扉を壊しやがって。弁償するんだろうな?」
「この様な場所での休息など効率的でない。社会には不必要だ。ここで供されているものも、な」
「そうか……お前たちは知らないんだな。バニラアイスが溶け出す瞬間の、あの不完全な美しさを」
「美しさなどという不確かなものが、効率化された社会になんの足しになる?」
「そうかな?ならば、見てみるがいい!『純喫茶錬金術!』」
「!その術は……失われたはずのもの!なぜお前がそれを?」
カイトの手がバースプーン「エトワール」を振ると、空間に魔法陣が現れる。
そこに触媒としてエメラルド色のメロンシロップ・バニラアイス・チェリーがセットされると、たちまちのうちに光り輝く『炭酸飲料』が現れる。
「それは頽廃の飲料……クリームソーダ!」
「頽廃?違うな。『希望』だよ。……SoDA!」
「お任せを!『記憶同調』!」
SoDAが手をかざすと、光り輝くマイクロ・バブルがクリームソーダに注ぎ込まれる。
彼女のDNA(塩基配列)には、人類が長年にわたって蓄積してきた「美味しい」という記憶がコード化されている。
それは、夏のプールの帰りに飲んだサイダーの爽快感。
それは、誕生日に家族で囲んだシャンメリーの輝き。
それは、失恋した夜、一人で飲み干した苦いソーダ水の味。
彼女が注ぎ込む「光」は、一つ一つがそういった「記憶」の情報体なのだ。
「クリームソーダとの記憶同調完了!いけます!」
「よし!光になれクリームソーダよ!『トリニティ・ファウンテン!』」
「うっ……これはっ……!」
SoDAの体から発せられた三色の光の奔流は、帝国の兵士達の心を浄化していく。
強烈なシュワシュワ感と、鼻を抜けるバニラとメロンの香り、そしてチェリーの鮮やかな色彩は、彼らが忘れていた「放課後の夕暮れ」や「初恋の甘酸っぱさ」を呼び覚ました。
「これが……エモーショナル……!」
「俺達は、何を捨てて……」
崩れ落ちるブラック・コーラの兵士達。
店内は一瞬にして、淡い緑色の霧に包まれた安らぎの場へと変わった。
◇◇◇
「次はどこへ行くのですか、マスター?」
カイトは手を止めず、静かに、だが確かな声で答えた。
「SoDA。世界はまだ、あの甘美な記憶と美しさを忘れていないはずだ。俺たちは、失われた感情を世界に取り戻す!」
カイトが「エトワール」を空にかざした。
銀色の螺旋が、僅かな光を反射して鋭く輝く。
「了解しました。それが私達の使命ならば、どこまでも」




