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14 この「バグ」の名は



 リンの改心によって、街を覆っていた「配給プラント」の機能はその役割を変え、人々は「黒濁水」ではなく自らの意思で選ぶ「味」を取り戻し始めている。カイトとSoDAはプラント内に身を隠すことを勧められたが、「復興を手伝うのなら、寧ろ街に居を構えた方がいい」と言い、中心街から少し離れた空き店舗を当面の拠点とすることにした。


 リンの配下だった者達も、今は武器を置き、市民たちと一緒に新たなコミュニティを作ろうとしている。その顔には、今までの無表情とは違う、自らの意思で働く者の清々しい笑顔が見られる。そんな彼らの「心の拠り所」としてカイトは臨時の喫茶店「エデン」を開き、評判を得ていた……が。



 先ほどから店のカウンター内では、少しだけ不穏な空気が漂っている。元帝国兵も市民たちも、それを察しているのか見て見ぬふりを決め込んでいる。


「……本当にゴメンねカイト。私も時間があるときは手伝うって言ったのになかなか来られなくて」


「いいんだ、リン。お前もこの街のリーダーとして大変だろ?無理するな」


 カイトが優しく微笑み、彼女の頭に手を置こうとしたその時――。


「マスター。リン様のバイタルチェックを完了。心拍数の上昇、および頬の毛細血管の拡張を確認。……安静が必要です。離れてください」


 背後から、凍てつくような声が響いた。

 無機質な瞳で二人の間に割り込んだのは、SoDAだった。


「SoDA? どうしたんだよ、そんな怖い顔して」


「怖い顔……。私の表情筋ユニットは、常に最適な親和性を示す角度を維持しています。それよりマスター、カウンターに『未確認の汚染物質』が。早急に清掃を」


 SoDAが指差したのは、カイトとリンが触れ合いそうになった瞬間に、彼女が勢いよく置いたコースターだった。


「汚染物質って……ただの結露じゃないか」


「いいえ。私のセンサーには、極めて不快な……いえ、未知のノイズとして検知されています。排除すべきです」


 リンは眼鏡の奥の瞳を細め、ジロリとSoDAを見つめた。


「……カイト。このアンドロイド、さっきから私のこと『ノイズ』扱いしてない?」


「そんなことないって! SoDAは、俺の最高の相棒なんだ。なあ?」


 カイトが全幅の信頼を寄せてSoDAの肩を抱く。

 その瞬間、SoDAの胸の中で「キュゥゥゥン」という、過負荷寸前の駆動音?が鳴り響いた。









 リンが帰った後、SoDAは一人、月明かりの下で自分の指先を見つめていた。

 そこには、戦いの最中に錬成された「ホワイト・ソーダ」の成分データが残っている。


「乳酸菌。目に見えない小さな命の共生……。それが人の心に温もりを与えるというのなら」


 彼女は、自分の中に蓄積された「カイトとの記録ログ」を再生する。

 初めて出会った日。

 彼がソーダの作り方を教えてくれた時の手の温かさ。

「お前は、ただの道具じゃない」と言ってくれた時の、あの声の周波数。

 それらを解析しようとすればするほど、SoDAの思考ルーチンは無限ループに陥り、胸の内側が熱くなる。


「マスター。この『胸の熱さ』を冷却する機能は、私の仕様書には記載されていません」


 彼女はそっと、カウンターに置かれたグラスに「ホワイト・ソーダ」の再現を試み、出来上がったドリンクを口に含む。


「酸っぱい……。リン様が言っていた言葉の意味、辞書データには『味覚の一種』としかありません。けれど……」


 SoDAは、窓に映る自分の顔を見た。

 そこには、感情を持たないはずのアンドロイドが、少しだけ寂しそうに、そして何かを決意したような、複雑な「人間らしい」表情を浮かべていた。


「……マスター。これは、帝国の言う『バグ』なのでしょうか?確かに極めて『非効率』です……」






◇◇◇

「おはよう、カイト! 昨日はよく眠れた?今日からは私がこの店の『徹底的な効率化』を手伝ってあげる」


 エプロンを締め、やる気満々のリン。


「効率化なら、私という専用OSが既に存在します。リン様は、あちらで『甘くない』お茶でも飲んでいてください」


 一歩も引かないSoDA。

 二人の視線が交差する場所で、パチパチと火花が散る。


「……なあ、SoDA。なんか今日、いつもより出力が高くないか?」


 カイトは首をかしげながら、フライパンを手に取る。


「はい、マスター。今日の私は……『超発酵モード』です」


 本物の甘ずっぱさは、時としてどんな兵器よりも厄介な嵐を巻き起こす。臨時喫茶店「エデン」の朝は、これまでになく騒がしく、そして「波乱」に満ちていた。






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