13 戦い果てて、ソーダの泡はキラキラと
戦いが終わり、街にはようやく静かな夕暮れが訪れていた。灰色だった空は、ほんのりとオレンジ色に染まり、冷たい風が甘ずっぱい余韻を運んでいる。
「さて……ここからが本番だな」
カイトは監視塔の残骸を見上げながら、深く息をついた。
「本番?まだ誰かと戦うのですか?」
SoDAが首をかしげる。その翡翠色の髪には、まだ白と青の名残が淡く残っていた。
「戦いじゃない。街を取り戻すんだ。『人』が生きようと思える街をな」
カイトはプラントの巨大な配給ラインを指差した。そこは、帝国が支配に使っていた黒濁水とエナジー・パテが生産されていたところだ。
「これを……どうするんですか?」
「単なる『人の食事』を作る場所に変えるんだ。お前のアーカイブデータを使ってな。できるか?」」
「……了解しました。お任せください。ですが、条件があります」
「条件?」
「この仕事が終わったら、一緒に食事をしてくださいね」
「……?いつもしているだろう?でもわかった。約束するよ」
カイトの返事を聞いたSoDAは、少し笑顔を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しになってその指先をプラントの制御盤にかざし、演算の結果を入力し始めた。
「分子組成変換変更データ、入力開始。黒濁水の炭素鎖を再構築、エナジー・パテのタンパク質を発酵プロセスに移行……生産ラインの加熱温度を再設定……NaCl、C₁₂H₂₂O₁₁、不足分を黒濁水とパテより生成、配合量を人間の味覚に合わせて再調整……」
冷たい金属に囲まれた空間に、SoDAの声がまるで詩のように響く。
「『記憶同調』──街の人々が忘れた味覚の記憶を、ここに重ねます。」
巨大なタンクの中で、黒い液体がゆっくりと澄み渡り、淡い琥珀色に変わっていく。パテはふわりと膨らみ、香ばしいパン生地のような匂いを放ち始める。
街の広場に設置されたフードコートでカイトとSoDAが配るのは、黄金色のスープと、ふわふわの甘いパン。そして特製のソーダ。
「見て!これ泡がキラキラしてる!」
「すごーい!これ何?どんな味なんだろう?」
子どもたちは、青い氷の粒を使った『特製ソーダ』に歓声を上げている。
「ほら。あの子たちにソーダを配ってこい。お前の泡の魔法、みんな待ってる」
「……はい!」
SoDAは目を輝かせた子どもたちの輪に入っていく。
「皆さん、この飲み物は『ソーダ』と言います。『夏祭りの夜風』の記憶をミキシングしました。飲むと、胸がすっと涼しくなりますよ」
子どもたちは初めて見る飲み物に恐る恐る口をつけ、目を白黒させる。
「うわっなんだこれ!しゅわしゅわパチパチする!」
「でも…なんだろ?これが『甘い』ってヤツなの?」
「こっちのも美味しい!お姉ちゃん、魔法使いなの?」
「……私は、アンドロイドです。でも、魔法みたいに感じてもらえるなら……悪くないですね」
SoDAの声に、わずかな照れが混じった。
夕焼けに染まる街の中心で、黄金色のスープとふわふわのパンを手に、人々は少しずつ笑顔を取り戻している。
「……こんな味、何年ぶりだろう。効率ばかり考えて、『食事に手間をかける』ということすら無駄な事と思ってしまっていたな」
年配の男性がスープを口にし、目を潤ませる。
「昔、夏祭りで飲んだ冷たいラムネを思い出すよ。ビー玉を落とす音が、今でも耳に残ってる」
隣の女性も、パンをちぎりながら微笑んだ。
「私はね、子どもの頃、母が焼いてくれた甘いパンの匂い……。戦争で全部失ったと思ってたけど、この香りで一瞬にして戻ってきたわ」
その言葉を聞いたSoDAは、わずかに視線を落とした。胸の奥で、小さなノイズが走る。
(……個人の記憶。私にはないもの。でも、なぜこんなに……温かいんだろう)
広場の片隅では、カイトが年配の女性に呼び止められていた。
「カイトさん、ありがとうね。昔、家族で囲んだ食卓を思い出したよ。父が焼いてくれたバターたっぷりのパン……。あの頃は、ただ笑って食べるだけで幸せだった」
「それは……俺じゃなく、SoDAのおかげだ」
カイトがそう言うと、女性はSoDAに向かって深々と頭を下げた。
「あなたも、ありがとう。あなたのおかげで、心が軽くなったよ」
SoDAは一瞬、言葉を失った。
胸の奥で、また小さなノイズが走る。
(……これが……「癒される」ということなのでしょうか)
夜の帳が下りても、広場にはまだ笑い声と、パンの香ばしい匂いが満ちていた。
酒はまだなかったが、皆久しぶりの喜びの感情と味覚に酔っているように見えた。
「マスター、約束、忘れてませんよね?」
SoDAが、スープを一杯差し出す。
「もちろん。お疲れ様だったな、SoDA。お前の作ったスープ、美味いよ」
その瞬間、SoDAの胸の奥で、また新しい感情が芽生えた。
(……嬉しい。でも、少しだけ……なんだろう、さっきの「嬉しい」とは違うこの感情は……)
街の再生は、こうして始まった。
そして、次の「一杯」が、また新しい物語を紡いでいく──。




