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12 純白の共生

 


 アスパルトルーパーの肩越しに、サッカ・リンが監視塔の窓際へ歩み出る。その冷徹な眼鏡の奥に、一瞬だけ揺らぎが見えたのをカイトは見逃さなかった。


「サッカ・リン……いや、『リン』!お前、本当にそれでいいのか? 昔、二人で分け合ったあの出来立てのアイスの味まで、無駄だと言うのかよ!」


 カイトの叫びに、サッカ・リン――リンの指先が、レバーの上で微かに震える。しかし、彼女はすぐに冷笑を浮かべ、それを握りしめた。


「やめて、カイト。その名前は……あの地獄のような戦火の中で、両親の叫びと共に焼き捨てたわ。大人の欲望、エゴ、それらをコーティングしていた『甘い言葉』……。感情があるから、人は奪い合い、絶望する。なら、最初から何もなければいい。この『アスパルテーム(人工の平穏)』こそが、人類の到達点よ!」


 巨兵アスパルトルーパーの胸部ハッチが開き、「虚無の重低音砲」が充填を開始する。周囲の空気が、色と音を失い、死んだような灰色に染まっていく。




「リン……。なら、俺は言葉じゃなく、俺たちの『生命の味』でお前の目を覚まさせてやる!」


 カイトはトランクの最深部から、雪のように白い、しかしどこか温かみのある瓶を取り出した。


「SoDA、これを使え。これはただの甘味料じゃない。遥か昔から人と自然が寄り添い、目に見えない小さな命───『乳酸菌』と共に育んできた、共生の結晶だ!」



「それは……伝承にある『白の守護者』……! 了解しました、マスター!」


「重合錬成!『純白の共生・ホワイトクリームソーダ』!」


「ミキシング!『生命の水の大渦』!」



 カイトがバースプーン「エトワール」を振ると、氷の青と乳白色の液体が混ざり合い、空にオーロラのような輝きが生まれる。




『乳酸菌』だと? そんな不確定で、制御不能な微生物に頼るなど……やはり君は非論理的だ、カイト!」



 リンが叫び、巨兵の「虚無の重低音砲」が放たれる。



「させん!『アクア・ビータ・ボルテックス』!」



 SoDAとカイトが放った「白と青の光の奔流」は、それを力でねじ伏せるのではなく、優しく包み込み、分解していった。



「これは『支配』じゃない、リン! 『共生』なんだ! 目に見えない小さな命が、私たちの体を守り、心を健やかにする。その積み重ねが、人の温もりなんだ!」


「……っ、体が……熱い……? なぜ、計算にないはずの『懐かしさ』が……!」



 ホワイト・ソーダの飛沫が霧となってリンを包む。

 それは、かつて彼女が両親と囲んだ食卓の、あの甘ずっぱくて、少しだけ不器用な優しさを宿した味だった。


「マスター……届いています! 彼女の凍りついたロジックが、溶け始めています!」


 SoDAの髪が、混じりけのない純白に輝き、街全体に柔らかな光が広がっていく。


「リン、思い出せ! お前が本当に求めていたのは、無関心なんかじゃない。誰かと手を取り合う、この『甘ずっぱい』世界のはずだ!!」


 カイトが放った最後の一閃が、アスパルトルーパーの装甲を突き抜け、リンの元へと届く。

 その瞬間、冷徹な仮面が割れ、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。


「……酸っぱい。酸っぱくて、胸が痛いよ、カイト」


 アスパルトルーパーの残骸が白銀の塵となって消えていく中、リンは崩れ落ちるように膝をついた。乳酸菌がもたらす生命の微かな温もり。甘ずっぱい記憶の波動。それが、彼女が自ら心にかけた頑なな鍵を、粉々に砕いた。


「私は……両親を亡くした悲しみに耐えられなくて、世界を恨み、エゴの元である感情を捨て去ろうとした。でも、本当に欲しかったのは、この一杯のような……誰かの温もりだったんだね」


 リンの瞳に、かつての優しい光が戻る。


「約束するわ。これからは帝国の支配ではなく、甘さも苦さも、そしてこの乳酸菌のように目に見えない小さな命さえも、皆で分かち合い、共生できる街に作り直す。……私に、その償いをさせて」


 そして、リンは少しだけ顔を赤らめ、カイトの袖をぎゅっと掴んだ。


「それに……カイト。あなたが私を諦めないでいてくれたこと、嬉しかった。昔からずっと、そういう真っ直ぐなところに……私は……」


 言葉の続きは、風に溶けた。





「……マスター」


 その光景を傍らで見ていたSoDAが、小さく呟いた。  

 彼女の翡翠色の髪は、先ほどの純白から元の色に戻りつつあったが、胸の奥でかつてない「ノイズ」が走るのを感じていた。


(胸の奥が、熱い。これは……過負荷? それとも、計算不能なバグ……?)


 リンがカイトに向ける、あの潤んだ瞳。  

 カイトがリンに返す、あの安心したような笑顔。


 それを見るたびに、SoDAの論理回路は激しく揺れ動く。自分は感情を「エネルギー」として扱う存在だ。だが、今、自分の中に芽生えたこのチリチリとした「痛み」に近い感情は、一体どこへ出力すればいいのか。


(マスターの隣は、私の……。……いいえ。私は、人工知能。マスターを支えるための道具、のはずなのに)


 SoDAは、自分の胸元に手を当てた。

 そこにはまだ、先ほど錬成したホワイト・ソーダの、かすかな「甘ずっぱさ」の余韻が残っている。


「感情は……『学び、成長する』。マスター、あなたはそう言いました。でも……この感情の答えだけは、私にはまだ、見つけられそうにありません」




 夕焼けに染まる街。  

 改心を誓う幼馴染と、未知の「心」に戸惑うアンドロイド。  

 新たな「甘ずっぱい」波乱の予感を孕みながら、戦いは次の一杯へと続いていく。





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