大丈夫、順番だよ
5人しかいないeスポーツサークルで、ミチカはたった1人の女性だった。
他の4人の男たちは、みんな彼女が好きだった。
俺は入学式の日、春の桜が花びらを散らす中で、黒い髪が風に吹かれたのをかきあげる仕草をした彼女に一目惚れして、このサークルに入ることを決めた。eスポーツは初体験だったけれど、やってみると楽しく、同い年しかいないのも気楽でよかった。
サークルのみんなはミチカが好きで、それぞれの形で彼女にアプローチしていた。俺はどうしても気後れしてしまって、たまに話すことがあると緊張して汗が止まらなくなるくらいだったから、告白なんて遠いと思っていた。
颯太は、男の俺から見てもカッコよくて、さわやかだった。
元々サッカーをしていたという。反射神経がよくて、対戦成績もサークル内で一番だ。
ミチカは颯太と最初に付き合った。残った3人は失恋したわけだ。悔しい思いはあったけれど、颯太なら仕方がないとみんな納得していた。2人は幸せそうだった。いいな、俺も彼女できないかなと、マッチングアプリに登録してみたりしたが、ひとつもいいねがつかないまま、その日が来た。
颯太が死んだ。
事故だ。貯水池の横の柵が腐っていたのに気づかないままもたれかかり、そこがちょうど水が干上がったところで、コンクリートに頭を打ちつけて死んだ。
ミチカはその時一緒にいたようで、ひどい落ち込みようだった。
しばらくサークルにも顔を出さなかった。次に来た時、ミチカは圭と腕を組んでいた。
圭は、よく喋る気のいいやつだ。
いるだけで場が明るくなる。他にも漫才サークルに所属していてこの前Mー1にも挑戦したと言っていた。
ミチカとは、颯太のことを慰めるうちに、そういう関係になったらしい。颯太があんなことになって、なんとなく気まずくて、こちらから連絡をとっていなかった。他のメンバーも悔しがっていたが、圭の明るさにミチカが救われるといいなと思っていた。
2人ともバイクが好きで、一緒にツーリングに行ったりしているようだ。その仲睦まじい姿を見て、やっぱり恋人っていいなと思った俺は、高校時代の友達にセッティングしてもらった合コンに行った。結果はさんざんなもので、イケメンに全て奪われて終わった。
その翌日、圭が死んだ。
事故だ。バイクに乗って山中湖にミチカと2人で向かっている最中のこと、信号を無視して交差点に突っ込み、トラックに衝突して死んだ。
ミチカは落ち込んでいた。あんなに仲良くしていたのだから、当然だ。しかも2人連続で、半年程度の間に恋人を2人亡くしている。
次第に噂が立つようになった。同じサークルで2人も連続で事故死したのだ。しかも、その2人ともとミチカは付き合っていた。悪い噂になって、ミチカは学校でもほとんど見かけなくなった。
サークルはもう俺と昴の2人だけになった。部室も前より広く感じる。
「なあ」
「なんだよ」
「俺、休学するわ。サークルも抜ける」
「どうした?」
昴が突然そんなことを言い出したので、俺は驚いた。昴がいなくなったら、俺1人だ。1人じゃサークルは名乗れない。
「ちょっと待ってくれよ、どうしたんだよ」
「ちょっとな、調子悪いと思ってたんだよ。そしたら」
昴はそこで深呼吸をして、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でこう言った。
「白血病だって」
部室の窓の隙間から、冷たい風が入ってきて、俺は身震いした。
「治る人だっているだろ、ほらあの人だって」
俺は白血病になって回復した有名人の名前をあげた。治療後もメディアでの露出があるので、昴もすぐわかったようだ。
「そうだよな。どうなるかわからないけど、精一杯治療に専念するために、とりあえず大学は休学するんだ。
「元気になって、帰ってくるの待ってるから」
「ああ」
昴は入院した。それからもたまに連絡をくれる。俺はたわいもない笑える話をなるべくするようにしていた。しかし、いつの間にかその頻度は少しずつ減って、あるとき、二週間ぶりに連絡がきた。
「お前には言っとかないとと思って。俺、彼女ができた」
「そうなんだ。よかったじゃん。相手は病院の人?」
「いや、お前も知ってる」
寝ようと布団の上に寝転がっていたのに、そこまで読んで、飛び起きた。
嫌な予感がする。
ポンと着信音がなって、画像が送られてきた。俺は、その画像を見て
「ミチカ」
喉の奥が狭くなり、ヒュという呼吸音が漏れる。携帯を膝の上にボトリと落として、両手で顔を覆った。
翌日、ミチカの学科の必修授業の教室の前で待ち伏せした。学生が次々出てくる、一番最後にミチカは出てきた。
「ミチカ!」
「ショウ、久しぶり」
「ふざけんなよ。何、普通のフリして話してんだよ。颯太、圭ときて、今度は昴かよ! やめてくれよ。ただでさえあいつは病気なんだぞ」
「ショウも他の人と同じこと言うんだね。颯太も圭も、事故だったのに、ミチカが悪いみたいに言うんだね」
ミチカの声は不気味なくらいに“普通”だった。楽しかったあの頃、5人で部活で話していた時と同じように、そんなことをいう。変わってしまったのは俺の方なのかと錯覚する。
「ショウだけ選ばれなかったから、寂しいの?」
鳥肌が立った。ちょうど今は桜の時期で、ミチカの後ろに桜の木があった。花が散っている。風が吹いて、ミチカは風に流された髪をかきあげた。
「大丈夫、順番だよ」
一週間後、昴は死んだ。
病気ではなく、病院内の事故で、階段から転がり落ち、打ちどころが悪かったせいだ。
ミチカと別れてすぐ後だったという。人の多いところで、目撃者も多かった。ガンの治療に嫌気がさして、自殺したというのが見立てだった。警察はミチカを疑わなかった。
ミチカは今日も大学に来ている。サークルは自然消滅して、俺とミチカに接点はほとんどない。俺から会いに行かなければ、絶対に会うことはないし、俺は絶対に会いに行かない。
信号待ちの交差点で、後ろから女の声が聞こえた。
軽やかな、あの頃のままの、ミチカの声だ。
「ショウ、ね、映画でも行かない?」
聞いた途端に俺は横断歩道に向かって走り出した。
信号は赤
ダンプカーのブレーキ音。クラクションが響いた。