アスナ似の彼女が出来た(と思った)ので、勝ち組が確定した話【短編2】
「あ~き~~っ。どうしたの?また、この間の彼の事で悩んでるの?」
「違うわよ、バカ!」
昼休みの教室。女子だけの空間に、ざわざわとした笑い声が弾けていた。
結城亜紀は、教室の一番後ろの席に座り、頬杖をつきながら窓の外を見つめていた。
夏の空は高く、雲ひとつない。
風に揺れる校庭の木々が、視界の端で淡く揺れている。
彼女の通う中高一貫の女子高・青霞学園。
某ヒロインの通うあの超名門高校ほどではないが、ここも一応“そこそこの進学校”だ。
「結城さ~ん。また、合コン来ない?黒高と、今度はめっちゃイケメンが来るかもだって!」
「パス」
「え~~?!」
教室の前列から、嘆き混じりの声が飛ぶ。
「ししっ。亜紀をエサに、また一本釣りするつもりだろ?甘い甘い……。この女は、氷より冷たい女ぞ」
「……あんたねぇ。私の事、なんだと思ってるのよ」
溜息をひとつ吐いて、亜紀はようやく窓から目を離した。
その目元は、わずかに呆れていたが、どこか慣れてもいた。
日常の、くだらなくも心地よいルーティンだ。
放課後——。
亜紀は、地元のバーガーカフェ「えぎ~るバーガー」にいた。
天井は高く、木目の梁がむき出しのまま残されたナチュラルな内装。
床もテーブルも無垢材で統一され、壁にはレトロなポスターとドライフラワーが飾られている。
店内はいつも通り、静かだった。値段の高さのせいか、学生の姿はまばらで、数組の大人客が雑誌をめくっている程度。
そんな中、亜紀の前にひとりの男子が座っていた。
見覚えのある、落ち着きのない目と、不思議な挙動。
「なんで、あんたがいるのよ……」
亜紀は、トレーの上に置かれたバーガーに手を伸ばしながら、呆れた声を漏らした。
彼女の視線の先には、あの駅で出会った青年・新藤修太がいた。
「ハハッ!副団長どの、これはもはや運命かもしれませんね。いえ……、フラグですか?」
「相変わらず、面白いねぇ!キミは……っ、くくくっ!」
すぐ隣の席で、女子生徒が吹き出しそうになるのを堪えていた。
肩を小刻みに揺らしながら、亜紀と修太の様子を見守っている。彼女の名は真菜。
別の席でひとり静かにしていた修太を、わざわざ連れてきたのは、この真菜である。
「聞いたよぉ~。キミ、亜紀をアニメのヒロインと間違えたんだって?」
「よく、ご存じで。真菜嬢」
「まぁうちも、オタク文化には多少精通してるから、わからんでもないけどね~。
顔だけなら確かに、"ガチでそっくりさん" レベルよ」
「はい。神は地上に、天使を遣わしてしまった。なんと、罪深い事か……」
「その変な喋り方やめない?演技してるの?」
亜紀が眉をひそめて問いかけるが、修太はまるで聞こえていないかのように無言で、ドリンクのストローを啜っていた。
「でも、憧れるのは早いかもよ~? なんたって、亜紀は、うちでは“氷の女王”って呼ばれてるんだから」
「あんたが呼んでるだけでしょ!!」
亜紀の声がやや上ずる。
真菜はしてやったりとばかりに、肩をすくめて笑っていた。
「はぁ、もういいわ……。あんたたちに付き合ってたら、こっちがバカみたい。せっかくの食事が、マズくなるわ」
トレーの上に置かれたバーガーに手を伸ばしながら、亜紀はため息をついた。
「おっ。アボガドアップルですか!通ですなぁ~~、副団長殿は……」
「ふん。私は、幼稚園児の頃から、ここに通ってるの。そこらへんの常連とは、格が違うわよ?」
胸を張ってバーガーを持ち上げる亜紀。
自信に満ちたその横顔には、微かに得意げな色が浮かんでいた。
「引っ越してくる前に、パパと数回来ただけでしょ? 10年以上前に」
「だまらっしゃい。もう5年も通ってるんだから、同じ事でしょ」
「へいへい」
真菜は、からかうように軽く流した後、ゆっくりと自分のトレーに手を伸ばす。
「ん……?あんた、まさかそれは……」
亜紀が眉をひそめて見たその先には――
彩度の暴力みたいなバーガーが、堂々と鎮座していた。
カラフルなバンズに挟まれた、5色のフルーツとベーコン、そして怪しいソースの洪水。
どこから食べるべきか悩むレベルの、常軌を逸した構成。
「流石は、お目が高い――」
修太が、ゆるやかにバーガーを掲げる。
そこにはどこか、神聖な儀式めいた所作すら感じられた。
「“超常連”限定、ウルトラ・五色バーガーでござんす」
「……!!」
亜紀の手がピタリと止まった。
その目に、一瞬だけ明確な“動揺”が浮かんだのを、真菜は見逃さなかった。
「まさか……」
言葉の続きを呑み込む。
いや、口に出すまでもなかった。
えぎ~るバーガーの常連ランク制度――
最上位である“ゴッド”称号持ちにしか注文できない、幻の限定メニュー。
「副団長殿」
修太は、ニヤリと笑った。
えぎ~るバーガーには、来店回数・利用履歴に応じた“常連ランク”が存在する。
それはまるでRPGのギルドランクのように、来店者のステータスを証明する一種の称号であり、客同士の誇りの象徴でもあった。
亜紀が今保持しているのは“シルバー”ランク。
だが、修太は――それを二段階飛び越えた“ゴッド”の称号を持っていたのだ。
まさかの“格上”だったことに、亜紀は動揺を隠せなかった。
アスナ似の彼女が出来た(と思った)ので、勝ち組が確定した話【短編1】
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