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一夜一夜物語

作者: 満原こもじ

 昔々あるところに、結婚式を挙げたばかりの夫婦がおりました。

 初めての夜、夫は妻に『君を愛すことはない』と言いました。

 所謂白い結婚の宣言です。


 親同士の思惑で結婚した二人でした。

 しかし夫には妻とは別に、愛する人がいたのです。

 妻は夫に一言、『そうですか』と言いました。


 夫に大事にされない妻が、使用人に重んじられるはずはありません。

 妻はいい加減に扱われるようになり、やがて放置されるようになりました。

 離邸に放っておかれたことをいいことに、妻は独自の楽しみを見つけていきました。


 数年が経ちました。

 夫の実家の商売はすっかり落ち目になっていました。

 金の切れ目は縁の切れ目。

 夫は愛人とも別れました。


 夫はふと思い出します。

 そう言えば自分は結婚していたはずだったな。

 こっちは困っているのに、妻の実家は『娘をやっただろう』と、何もしてくれなかった。

 何と薄情な。

 妻に文句の一つも言ってやらないと気が済まない。


 残っている数少ない使用人に聞いてみました。

 妻は何としている、と。

 離邸にいるのではないですか、との答えが返ってきました。


 離邸? そんなバカな。

 金策に苦慮した時に売り払ったはずではないか。

 夫は今更ながら、妻のことを何にも考えていなかったなと思いました。


 夫は半信半疑ながら離邸を訪ねてみました。

 奇麗に手入れされていた庭にビックリしました。

 やはり誰かが住んでいる。


 夫は庭師に、誰のお屋敷かと聞いてみました。

 返ってきた名前は妻のものでした。

 売りに出した離邸を買ったのは妻だったのか。

 どこにそんな金が?

 信じられない、どうして?


 庭師は笑って言いました。

 奥様は『幸運』持ちで、関わった者に幸せをもたらし。

 去った者に不幸が降りかかるそうです。

 本当かウソかは知りませんがね、と。


 夫は理解しました。

 亡くなった両親は『幸運』に期待し、僕の妻としたのだと。

 妻の実家は『幸運』以上に提供できるものはなかったのだと。


 夫にはわかっていました。

 『幸運』なんて証明できないし、真偽不明だ。

 うまくいってる時の自分だったら歯牙にもかけなかったに違いない。


 しかし今のこの状況はどうでしょう?

 夫は零落れる寸前で、妻は悠々の生活を楽しんでいるではないですか。

 夫は妻に手紙を書きました。

 自分の現在の窮状と。

 粗末に扱ったことを反省しているとの言を記して。


 妻からの返信にはこうありました。


『初めての夜にいただいた言葉を、そのままお返しいたします。わたくしがあなたを愛することはありません』


 ――――――――――


「以上です。いかがでしょう?」

「いやあ、ありがとう。シェリルの語る話はいつも面白いな」

「いえいえ、お粗末でした」


 ふんふーん。

 今夜もお休み前のお話で、旦那様に満足していただけた。

 自分のストーリーテリングの才能に惚れ惚れしてしまうぜ。


 えっ?

 何が何だかわからないって?


 旦那様は王都屈指の商家の跡取り息子。

 見目麗しい立派な方だよ。

 でも初めて会った時は、ちょっと目付きが厳しい印象だった。


 だって商売柄帳簿にしろ人付き合いにしろ、隙を見せられないわけよ。

 頭が冴えてしまって寝不足が常態になっていたらしくて。

 結婚生活もうまくいかなかったんだって。

 そこであたしに白羽の矢が立ったの。


 あたし?

 ただの平民の孤児だよ。

 ただ教会の孤児院には寄付された本がたくさんあってさ。

 かなり読み漁ったね。


 年下の子達に読み聞かせてやってたから、面倒見がいいとは言われた。

 もっとも小さい子向けの本はさすがに数がないから、適当にアレンジしたり自作のお話を聞かせたりしてたんだよ。

 毎日毎日。


 孤児院を出る年になって旦那様の店を紹介されて。

 こんな大店に勤められたら素敵だなあと、面接で張り切った。

 そしたら話がすごく面白いと褒められた。

 ちっちゃい子達に聞かせていたからか。

 何が身になるかわからんものだ。


 で、旦那様が夜寝る前、話を聞かせる係に抜擢された。

 旦那様を寝かしつけりゃいいんだな?

 任せろ、得意技だ。

 よく眠れるようになったと、旦那様にも大旦那様にも大変喜ばれた。


「さあ、子作りだ」

「いやーん、旦那様のえっち」

「ハハハ、よいではないかよいではないか」

「あーれー」


 あたしが成人すると、妻になってくれと旦那様に言われた。

 願ってもないことだけど、いいのかしらん?

 旦那様の前の奥さん、貴族の令嬢だったんでしょ?

 商売には上流階級との繋がりが大事だってことくらい、あたしにもわかるよ?


 ところが前の奥さん、いかにも貴族って感じの気位の高い人で、従業員の皆さんの評判が悪かったんだって。

 いや、寝不足の旦那様と折り合いが悪くて、イライラしてたってこともあったのかもしれないな。

 前の奥さんにとっては不幸なことだと思う。


 あたしが夜に話をするようになってから、旦那様のピリピリしたところがなくなったって。

 あたしが旦那様の妻になることに、皆さんが賛成してくれた。

 嬉しいなあ。


「シェリル、愛しているぞ」

「あたしもです、旦那様」


 元々イケメンだけど、最近の旦那様の目はすごく優しいの。

 求められて幸せだなあ。

 これからも旦那様のために尽くさねば。


 遠い異国に千夜一夜物語ってのがあるんだそうで。

 王様に毎晩お妃様がお話を語るっていう体裁の。

 旦那様とあたしの関係に似てるなあと思った。


 もっとも旦那様とあたしの場合は、お話の後に夜の営みがあるのがパターンなの。

 だからあたしはこの毎日のお話を、一夜一夜物語って呼んでるんだ。

 イチャイチャ物語ってやつだよ、うっふん。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
最後の一文でキャラ立ちすごかったわよ うっふん
 本家本元の『千一夜物語』は、夫婦の時間の後にお話が語られるお話ですよね。その時、シェイラザードの妹は部屋の隅にうずくまって、何も見ず聞かず、姉夫婦の時間が終わったら、王が姉の首をはねないうちに、お話…
うっふん って、なんて魅惑的な語り手さんでしょう。 当てられちゃって、でも幸せな気持ちになりました。
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