7
三日目もまた、宴会だった。
…私が太るまで、宴会はつづくとか…?
そんなまさか。
もしそうだとしたら、無駄が多すぎる。
今日は、剣舞から始まった。
虎のお面を被った大柄な人と、龍のお面を被った背の高い細身の人。
虎のお面の人は大きな剣を二振りで龍の人は細長い刀を一振。
優雅に舞いながら、時折二人で剣を交え、くるりと反転し位置を変えたりと、見ごたえのあるものだった。
ひらひらと着物の裾が揺れ、柄に巻いた帯が舞い上がる。
「ー!」
しかし。
龍の人が振り下ろした刀を、虎の人が受け止めずに避けてから、流れが変わった。
二人とも、動かない。
これで剣舞は終わりかな、と思うほど長く見つめあったのち、二人はそれぞれの武器をを構え直した。
キンッ!
刃がぶつかる激しい音が、宴会場内に響き渡る。
虎の人が振りかぶり、龍の人がそれを受けた音だった。
虎の人のほうが力があるのだろう。しかし、龍の人も負けてはいない。
…見、見えない…。
龍の人が、虎の人の剣を押し返して再び二人はにらみ合い、そののち、斬り合いになった。
朱鳥が目で追えたのは、そこまでだった。
激しい攻防に、朱鳥は何が起こっているのか分からない。
他の面をつけた人たちは見えているようで、手を振り上げ応援したり、二人が戦いやすいように場所を作ったりと、色々動いている。
どれくらいその戦いは続いたのか。
気付くと二人は朱鳥の目前まで迫ってきていた。
私、邪魔だ!
やっとその事に気が付いて、朱鳥はお膳を持って移動しようと試みる。
しかし、その時、虎の人が動いた。
「っ!」
剣の風圧が朱鳥に届く。
怖くなって、朱鳥は持っていた膳から手を離してしまった。
まだ低いところだったから、お膳をひっくり返さなくて済んだ。
でも、振動が伝わったのだろう。箸がカランと転がった。
「あっ」
膳から転げ落ちる箸を取ろうと朱鳥が手を伸ばす。しかし、あと一歩と言うところで届かず、箸が畳の上へ。
すると音に反応したのか、龍の人が朱鳥の方を見た。
「…ー」
龍の人が何かを言いかけたとき、虎の人が斬りかかってきた。
「!」
完全に隙をつかれていた。
私のせいだっ!
蒼白になる朱鳥だったが、龍の人は冷静に虎の人の剣を受け止めると、再び押し返し、そのまま刀を振り下ろした。
やはり目では追えなかったが、龍の人の持つ刀が光を反射しキラリと光ると、虎の人の剣は二本とも遠いところに跳んでいっていた。
「…」
一拍したのち、宴会場にいた人々は、わっ、と手を叩く。
決着が付いたんだ…。
虎のお面の人は一度だけ大きく息を吐くと、朱鳥に向かって頭を下げ宴会場から出ていった。
よく分からないながらも、朱鳥も手を叩く。
緊迫した空気も解けて和やかな、勝者を称える雰囲気になったのを感じたとき、朱鳥に思わぬことが起きた。
えっ。
龍のお面の人が、朱鳥の前に来ると刀を向けてきたのだ。
「あっ…」
そうだ、私は真剣勝負の邪魔をした…。
勝ったからと言って、許されるわけではない。
いや、そもそも、この勝負の賞品が朱鳥だったのかもしれない。
勝った方に贄を…?
どちらにせよ、輝く刃は朱鳥に向かっていて、朱鳥はあまりの恐怖で動けない。
「ー?」
何かを問いかけられているようだが、分からない。
「…ごめん…なさ」
掠れた声で聴こえたかどうか。
その時、突きつけられていた刀が不意に退かされた。
「ー!」
龍のお面の人が声を荒らげる。
そのさきに立っていたのは、あの狒々の面をつけた人だった。
持っていた扇子で、龍の面の人の刀を緊張感なく叩く。
「ー。ー?」
「!」
何か言い争いだろうか。
刀を何度も叩かれた龍のお面の人は、こちらを見ると、そのまま何も言わず去っていった。
…助かった…の?
いや、自分は贄として来たのだから、そう思うのはおかしい。
それでも、やはりあの刀の鋭さを思い出し、朱鳥は震えた。
「ー」
狒々の面の人は、穏やかな声で朱鳥に声をかけた。
通じていないのは分かっているのだろう。返事を待たずに、他の面の人々に向かって何かを語りかける。
剣舞によって乱れた室内は再び整え直された。
給仕の人たちが現れ、みんなに飲み物が振る舞われる。朱鳥にも渡された。
…お酒、じゃない。
透明な小さな器に、一瞬お酒かと思ったが、香りを嗅いで違うことに気付いた。
「おいしい…」
なにかの果汁のようだ。
淡い甘味は、緊張していた心を解してくれた。
回りをよく見てみれば、ここでも珍しい飲み物なのか、お面の人たちもゆっくりと味わって飲んでいる。
あの狒々のお面の人は…。
もしかしたら、あの人がここの責任者なのかもしれない。
そう思ってあのお面を探すと、すぐに見つかった。
少し遠く、宴会場の出入口の側に立っている。
ずっと、朱鳥を見ていたようだ。
目が合っているのだ、となぜか確信した。
「あっ」
ありがとう、お礼を言おうとしたとき、拍手が沸き起こった。
次の演目が始まったようだった。