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朱い橋  作者: 飴屋
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朱鳥が通されたのは、宴会会場だった。

もう既に座敷にいる者たちは宴会を始めていて、各々が楽しげに騒いでいる。


やっぱりみんなお面なのね…。


猿に獅子に、朱鳥が見たことのない生き物や魚の鱗のついた面に、と、皆がお面を被っていた。

その状態でどうやって飲み食いをしているのか不思議に思っていると、食事を口に入れるときは普通にお面の下から口に入れているようだ。

よく見ると目元だけお面で、鼻から下は素肌が見えている者もいた。じっと観察していると、視線に気付かれそうだったので、素早く目を逸らす。


鹿の面を被った女性の後ろをただついて歩く。

きっとお酌をするのか、片付けをするのか。自分の役目はそんなところだろうかと考えていると、鹿の面の女性が立ち止まった。


えっ。


そこは、金色の屏風の前。

明らかに主役が座る席の前だった。

席の前には、漆塗りの膳に豪華な御馳走。

身振り手振りで、四隅に金の房がつけられた厚い座布団の上に座れと言っているように思われた。


「あ、の…」


何か勘違いしているのでは?


確かに花嫁衣装ではあるが、朱鳥は主役ではない。そう言おうとして声を出せば、それまで騒がしかった会場内がピタリと静まり返った。


「!」


あまりの反応に、朱鳥は震え上がる。

まるで肉食動物に見つかった獲物の気持ちだ。


そんなに大きな声を出してなかったはずなのに!


そう思っても、もう遅い。

会場中の全ての者が皆、朱鳥を見ているようだった。

分かりづらいが、お面はこちらを向いているのだから間違いなく朱鳥を見ているのだろう。


「どうぞ、お座りくださいませ」


鹿の面の女性が言う。

これはさすがに逆らえない。


「し、失礼します」


結ったせいで重い頭を気にしながら、朱鳥はゆっくりと豪華な座布団に座る。

すると客たちは、わっ、と盛り上がり、再び騒ぎだした。


「どうぞ、あなた様のための宴です。おくつろぎください」


そう言って、鹿の面の女性はお膳の蓋をとったり、汁物を継いだりと、朱鳥の食事の世話のようなことを始める。


食べなくちゃ駄目なのかな…。


昨日からなにも食べていないので、空腹ではあった。

身を清めるためにと、絶食させられたのだ。

ここで食べてはそれが無駄になるような気がしたが、しかし、もうこちら側に来た身。こちらの食べ物は食べても良いような気がした。


なによりも、目の前に興された御馳走がとても美味しそうだったのだ。


皮がパリッと焼かれたお魚…。つやつやのお赤飯。湯気のたった汁物…。


憧れの食事が目の前にある。


「い、いただきます…」


吸い寄せられるように、箸を取る。

温かい食事など、いつぶりだろうか。


…朱鳥が食事を始めた瞬間、他の者たちが見ていたことに気付いていたが、もうどうでも良くなってしまうほど、美味しい食事だった。


これが、最後のご飯になるのかしら…。


そうだとしたら、なんて幸せなことだろうと思う。


夢中で食事を進めていると、いつの間にか客たちが近くに来ていた。

空になった椀を置くと、鱗の付いた面の男が目の前にいる。


「ー!」


なぜか言葉が分からない。

それは、この会場内に入ったときに感じたことだった。

鹿の面の女性の言葉は分かるのだが、他の者の言葉はどれも聞き取れなかったのだ。


かすれた声の鱗の面の男は、朱鳥に言葉が通じていないと気付いたのだろう。少し困ったように頭をかくと、隣に座っていた蛇の面の女に何かを言った。さらに、蛇の面の女は、その隣の牛の角が生えた面の子どもへと。子どもは、勢いよく立つとどこかへ駆け出していってしまった。


「…」


鱗の面と蛇の面の二人は、何かを子どもに向かって叫んでいる。

少しして、牛の面の子どもは戻ってきた。その手には、大瓶と盃を持っていた。

待ってましたとばかりに回りの大人たちが歓声を上げ、大瓶と盃を受け取る。

子どもは、お菓子を貰っていた。


大瓶を傾け、朱色の盃に注がれる。


…お酒かな…。


ふわりと香ってきたのは、酒の匂い。

注がれた酒は、朱鳥に向けられた。


呑めって、言ってるの…?


面の奥にあるはずの目は、朱鳥には見えない。でも、いやな感じはしない。

きっと、善意でお酒を出してくれたのだ。


だから、受け取らなくちゃ。


朱鳥は、酒は嫌いだった。

酔った大人たちに良い記憶はない。


でも、この後のことを考えると酔っていたほうがいいのかもしれない。


そう考え直して、盃に手を伸ばす。

指先が触れたとき、横からもう一本の手がのびてきて、盃を奪われてしまった。


「!」


鱗の面の男も驚いたのか、盃を横取りした男を見る。

ふさふさの白い毛で覆われた少し赤い顔の猿の面。


狒々(ヒヒ)、だ。


朱鳥は、幼い頃に見た絵本に出てくる妖怪の名前を思い出した。

その絵本のなかで狒々は、嘘を付いて誘い出した子供を頭からパクリと食べていた。


朱鳥の酒を横取りした狒々の面をつけた男は、唖然とする他の者たちのことを気にするでもなく、お面をずらして悠々と酒を呑んでいた。


「ー、ー」


鱗の面の男が苦情のようなことを言ったのだろう。


「ーー」


紋付きの着物を着た狒々の面の男。

盃を持つ手は白く、鱗の面に言い返している声は若い。


「ー」


偉い人なのかその一言で鱗の面の男は怒りをおさめ、朱鳥に会釈するとこの場を去っていった。


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