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誰にも止められることはなく、朱色の橋の真ん中まで来た。
半円状の橋の一番上だ。
いつの間にか、はらはらと雪が降って来ていた。薄い闇のなか、転ばぬよう慎重に歩を進める。
ここで転んでは、折角の着物が台無しになってしまう。
「…お気をつけて…」
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
驚いて顔を上げると、
…大きな、門?
きつく締められた帯に慣れない着物と上等な履き物で、私の歩幅はいつもの半分以下。
焦る気持ちと裏腹に、歩みは遅いし、わずかな傾斜も辛い。
やっぱり馬の手綱を持たなくて良かった。
ゆっくりながら歩いて行くと、その門がくっきりと見えた。
そしてその門の前に立つ、人々の姿も。
「…!」
たくさんの人がずらりと、並んで立っている。みんな手を前に置いたその姿はまるで、大事なお客様を待っているかのようだ。
お面…。
異質なのは、その人達がお面をかぶっていること。
中には、鹿の角が生えたお面や、三角の獣のような耳がついたお面もある。
思わず足を止めたくなったけど、それではいけないと、気持ちを奮い立たせた。
「…振り向かないのか?」
ふいに低い声がした。
空から降るような、耳元で囁かれたような不思議な声だ。
「振り向くべきだろう」
「別れの挨拶は必要だ」
私に言っている?
声の主を探して辺りを見回すと、門の上の三羽の鴉がこちらを見ていた。その一羽と目が合う。
「…どうぞ、振りかえってください」
門の前に立っている鹿のお面の女性が言う。
彼らに逆らうのは怖いけど、それは出来ないことだった。
逃げる素振りを少しでも見せたら、叱られる。
私は贄として、選ばれた。
もしも、逃げようとしたら、今まで育ててくれた恩を仇で返すのか、と叱られるだろう。叩かれるのは慣れているけれど、妹を同じ目に合わすわけにはいかない。
きちんと贄の役目を果たす。
それが、妹をあの家の娘として認めると言う交換条件だった。
だから、私は振り返らない。
「あぁ、ほら。あちらで手を振っていらっしゃいますよ」
私は首を振った。
もしまだ、向こう岸に人がいるのなら、それは見張りのようなものだろう。
「…きっと、肩に積もった雪を払っているんでしょう」
私は、笑顔を作った。
綺麗な笑顔ではないだろうけど、それは寒いからだと思ってくれればいいと願いながら。
「朱鳥と申します」
私は自分の名前を名乗った。