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たとう紙から出された色とりどりの着物が畳の上を埋め尽くす。紅、青、黄、白地に薄紅の花水木。
大奥様が黒地に橙色の華の着物を手に取られると、華と一緒に描かれた白い鳥が揺れた。
その様子をぼんやりと見ていると、大奥様はその着物を私に当てた。
「やはり、これにしよう」
「…はい」
私が頷くのを待たず、後ろに控える女性たちと話し始める。
「帯は金色を」
「分かりました。ただいま」
「奥様、帯紐はどういたしましょう」
「あぁ、あちら様のことがあるから…」
襦袢はもう決まっているようだった。ならば、私はいつまでここに立っていればいいのだろう。
わざわざ運び込まれたのに、この衣装合わせで一度も使われなかった鏡を哀れに思う。
「姉様!」
私の妹が満面の笑みを浮かべてやって来た。
「姉様。すごいごちそう! それにね、叔父様にお菓子を貰ったの!!」
手には紙に包まれた砂糖菓子を持っていた。
今まで、甘い物なんて滅多に口に出来なかったから、嬉しかったのだろう。
「そう、良かったね。ちゃんとお礼を言った?」
私は、屈んで妹の頭を撫でた。
「言った!」
「ここで食べてはダメよ。お着物を汚してはいけないわ」
妹は満面の笑みを浮かべながら、一つの包み紙を私に差し出した。
「はい! 姉様にあげる!」
「あっ…。私は…」
小さな包み紙の中は、砂糖菓子。
「ごめんね。私は、食べれないの」
「姉様、先に夕飯食べちゃったの?」
「…うん。そう。もうお腹が一杯」
大奥様たちの視線が気になって、うまく説明が出来なかった。でも、真実を話すよりはきっと良いだろうと、私は嘘をついた。
「それにまだ、着物の片付けもあるから、お菓子を食べている時間はないわ」
「そっかぁ。 じゃあ、明日は?」
砂糖菓子を差し出したまま、幼い私の妹は聞いた。
「明日は食べられる?」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
女中頭があわてて、やって来る。
「ホタル様! 向こうのお部屋に参りましょう。着付けの邪魔をしてはいけません」
「はーい。姉様、明日ね」
素直に手を引かれて行くかわいい妹に、私は何も言えなかった。
妹が机に置いた砂糖菓子は、気付くとどこにもなかった