第096話 本当の今日の日替わりは鳥肉定食
「アウグスト?」
「……はい。例のアウグストです」
実家の力で俺から飛空艇製作チームの椅子を奪ったアウグスト……
「いや、違うだろ。アウグストは髪が長かった」
横分けサラサラヘアーで肩くらいまであったはずだ。
何度も鬱陶しいから切ればいいのにと思っていた記憶がある。
「切ったんだよ。貴様は髪でしか人を記憶していないのか?」
俺とヘレンの会話を聞いていたアウグストらしき男が睨んでくる。
「いや……そういうわけではないが……」
お前に関してはそうだったりする。
5級なんて路傍の石ころだし。
「ふん。相変わらず、胸糞悪い奴だ」
そう思うなら呼び止めるな。
ああ……でも、確かにアウグストだ。
この非効率で無駄なことを好むのがこの男なのだ。
「久しぶりだな…………」
いやー、話すことがねーわ。
「リートに左遷されて二度とお前の顔を見ることはないと思っていたのだがな」
「そりゃすまんな。少しの間、仕事を休んでくれ」
「俺はお前と違って暇じゃないんだよ」
もうやだ……
だったら話しかけるな、バカ。
「そうか……せいぜい頑張ってくれ。お前の実力なら3級程度にはなれるだろう」
「俺がお前と同程度と?」
はい?
「俺は来年には2級だし、6年後には1級だ」
実務経験は本当に邪魔だわ。
「本当にイラつく奴だぜ……」
「すまんな。俺はお前にとってストレスにしかならないようだし、この辺で失礼する。テレーゼ、行くぞ。腹減ったわ」
「あ、はい」
俺が階段を降りだすと、俺とアウグストの間でオロオロしていたテレーゼもついてくる。
「おい、ジークヴァルト」
何故、呼び止める?
「何だ?」
「一つ聞きたいんだが、貴様、アデーレとどういう関係だ?」
何故、アデーレがここで出てくる?
あ、いや、そういえば前も…………めんどくせ。
「お前には関係ない」
それだけ答えて、階段を降りていった。
アウグストは止めもせず、テレーゼが慌ててついてくる。
そして、階段を降り、本部を出た。
「テレーゼ、どっちだ?」
「あ、こっち……」
テレーゼが左の方を指差し、歩いていったのでついていく。
「ジークさん、さすがの私もあなたが自分をこんな目に遭わせたアウグストを覚えていないとは思いませんでしたよ」
歩いていると、ドロテーが笑った。
「アデーレもマルタも覚えていなかった俺が覚えているわけないだろ。髪型というわかりやすい記号で十分だ」
「いやー、いつもなら苦言を呈するところですが、さっきのはグッジョブですよー。アウグストの奴、相当、ショックを受けてた感じがしました」
そうか?
「どうでもいいな。俺はリート支部で満足しているし、不満もない。今さらあいつに思うことなんてないわ」
そもそも路傍の石ころに躓いただけなのだ。
普通に起き上がって歩くわ。
「もっと挑発してほしかったですねー」
挑発してないわ。
「何度も言わせるな。時間は有限だ。無駄なことはしないし、興味もない。さっきも言ったが、あいつは良くて3級止まり。眼中にないわ」
親の力を頼るような奴がそこまでいけるかは怪しいがな。
「ひゅー! ジークさんって必要悪っていう言葉がぴったりー!」
うぜーな、こいつ。
でも、ちょっと元気が出てきたようで良かったわ。
しかし、カラスって口笛が吹けるんだな……
「でも、大丈夫かな? 向こうはいまだにジーク君に思うことがあるみたいだったけど……」
テレーゼが心配そうな表情を浮かべている。
「知らんわ。どうせ数日でリートに帰るし、飛空艇製作チームのあいつと関わりなんてないだろ」
「そうだといいけど……あ、あそこだよ」
テレーゼが指差した先には定食屋が見える。
「いい時間だが、空いてるかね?」
俺達は店に近づき、中に入る。
すると、ちょうどよくテーブル席が空いていたので座り、定食を頼んだ。
なお、ヘレンは牛肉を頼み、ドロテーはアイスクリームを頼んでいた。
そして、少しすると、店員が頼んだ料理を持ってきてくれたので皆で食べだす。
「美味いな……」
豚肉の定食で味付けはシンプルだが、美味い。
「でしょ? ここは安くて美味しいし、何より、早く持ってきてくれるから協会の人も多く利用しているんだよ」
激務がゆえか……
俺達は駄弁りながらエーリカの弁当をゆっくり食べ、ナンパ本を読んでいるというのに。
「久しぶりというほどではないが、相変わらず、忙しいんだなって感じがするわ」
「リートと比べたらそうだろうね。支部の建物があんなんになっちゃったとはいえ、職務中に試験勉強なんてできないよ」
最初なんかレンガとポーションの依頼しかなかったしなー。
「キリがいいからって4時に帰ったこともあるわ」
「いいなー……私もそういうところでゆっくり錬金術をやりたいよ」
ふーん……
「なあ、テレーゼ。お前はなんで錬金術師になったんだ?」
「うーん、ありきたりな理由だよ? 生まれつき魔力がそこそこあったけど、魔術師になる度胸はなかった。だから錬金術師になったし、師匠である本部長に来いって言われたから協会に就職した」
確かに普通だな。
「モチベーションは何だ?」
「モチベーション? 考えたことがなかったな……うーん、しいて言うならこんな私でも貢献できるからかな。私ってどんくさいし、ジーク君ほどじゃないけど、対人関係が上手じゃない。そんな私が活躍できるのがここなんだよ。だから頑張る」
こういう考えもあるわけだ。
「お前、普通の職場だったらいじめられそうだしな」
「否定はしないけど、ジーク君に言われたくないね」
「俺はいじめられても構わない。そういう奴とは付き合わないし、眼中に入れない」
「だからアウグスト君の顔を覚えていないんだね……私が髪を切ったらわからなくなりそうで怖い」
何を言うか。
「さすがに同門のお前らの顔は覚えているぞ。子供の頃から見ているし、忘れることはない」
「良かった……お姉さんの地位は保てた」
それは最初から思ってないし、兄貴ぶるクリスも兄と思ったことは一度もない。
「それはどうでもいいが、最近は顔を覚えるようにしているな。それにその人を見るようにしている」
マルタもコリンナ先輩も忘れないようにしたい。
アデーレのようなことは二度と起こらないようにしないといけないのだ。
「うんうん。良いことだよ」
「私も忘れないでくださいよー」
アイスを食べ終えたドロテーが話に入ってくる。
「しゃべるカラスを忘れんわ」
「じゃあ、私がカラスの群れにいても見つけてくださいね」
それはクリス以外は誰にも無理では……?
猫の群れにヘレンがいてもわかる自信はあるが、さすがにカラスは厳しいだろ。
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