第070話 兄弟子
「それで何の用だよ」
「ハァ……その前に紹介してくれないか?」
クリスがため息をつきながら3人娘を見る。
「こいつはクリスという本部の錬金術師だ。えーっと、2級だっけ?」
「3級だよ」
もう5年は経っていないか?
受けないんだろうか?
「そうか。こいつらはリート支部の錬金術師だな。エーリカ、レオノーラ、アデーレだ。支部長は出張で王都に行ってるから留守だ」
「本当に錬金術師が4人だけなんだな……アデーレは久しぶり」
ん?
「ええ。久しぶりって言うほどではないですけど、お元気そうで何よりです」
「お前ら、知り合いなのか?」
確かに同じ本部だが……
「受付のアデーレじゃないか。毎朝、顔を合わせるし、少しくらいなら話もしたことがある」
あっ……
「それもそうだな……」
話なんか最後にしただけだし、顔も覚えてないうえに挨拶も無視する男もいるんだよ。
しかも、それが同級生という笑えなさ。
「あ、あの、クリスさんはどうされたんですか? ジークさんに会いに来られたんですか?」
アデーレが慌てた様子で聞く。
「いや、違うよ。抽出機と分解機の査定に来たんだ」
え?
「わざわざ3級のお前が来たのか?」
「そうだよ」
暇なのか?
機械の査定なんて誰でもできるだろうに。
「ふーん、じゃあ、支部へ行こう。1階に置いてあるわ」
作成中のレンガを持ったまま立ち上がる。
「それができてからでいいよ」
「歩きながら作れるから問題ない」
「相変わらず、器用だな」
「別にそんなことないだろ」
俺とクリスは支部の表に回り、中に入った。
「あれだな」
エントランスの隅の方に置いてある3つの機械を指差す。
隅に行くと、クリスが腰を下ろして査定を始めた。
「ちょっと古いけど、良いやつじゃないか。本部長もお前には甘いな」
「左遷されてるぞ」
「あれはお前が悪い。アウグストなんかにケンカを売るなよ。頭が良いくせにそういうところは本当にダメだな」
知ってる。
「反省して、今は小さい支部で円滑にやってるよ」
「みたいだな。仲良さそうに仕事をしていた。なんで外でやっているんだ?」
「水曜石を作っていたんだよ。あいつらはエンチャントを覚えたてだから外で作ってる」
もう大丈夫だとは思うが、あいつらは慎重だからなー。
「お前もか?」
「付き合ってるな。まあ、弟子だし、様子を見ている感じ」
「ふーん、また可愛い子達を弟子にしたね」
羨ましいか?
「文句も言わんし、素直だし、人間ができてるわ。俺みたいな可愛くない弟子だったら最悪だったな」
それでも本部長に悪いと思えないけどな。
やはり人間性って大事だわ。
「そういう意味じゃないけどな。本部長が喜んでいたぞ」
どうでもいいな。
「そうかい。本部はどうだ?」
「変わらずに忙しいよ。私はこの査定が終わったら東に出張だ。ついでに寄っただけなんだよ」
ついでかい。
「ふーん、忙しそうで何より。アウグストは?」
「さあな。本部長にケンカを売って出世できたらすごいなとしか思わん」
「本部長にまでケンカを売ったのか?」
バカじゃないか?
「いや、親の力を使って、お前を下ろした時点で私達の敵だよ。同門だからね」
「へー……俺はお前が誰かと争っても何もせんぞ」
メリットなし。
「お前はそうだろうな。でも、もし、お前の弟子の3人が誰かと争ったら手を貸すだろ」
あいつらが誰かと争うとは思えんが、こちらに非がなくても難癖をつけてくる奴もいるし、頭のおかしい奴らもいる。
「まあ、手を貸すな」
メリット、デメリットで考えるまでもないだろう。
「そういうことだ。お前が弟子を取ることなんて絶対にないと思っていたのに3人も取ったのは喜ばしいことだし、成長とも思える。本部長の判断は正解だったな」
兄弟子に左遷して正解と言われる俺よ……
「あっそ。まあ、当分はここでやるって本部長に伝えとけ。この状況で俺がここを離れるわけにはいかん」
あの3人だけでは無理だろうし、少なくとも、リート支部を立て直すまではここにいようと思っている。
「……ジーク、本部にお前の代わりはいる」
「いねーよ」
名前を言ってみろ。
「いるんだよ。お前がどんなに優秀でも10人の5級錬金術師の方が役に立つ」
あー……そういうことか。
そりゃ10人もいればな。
「最近は発展も頭打ちで研究職よりも技術職の方が必要だしな」
「ああ。だから極論を言えば、本部からお前がいなくなっても忙しくなったり困ったりする者は出てくるだろうが、組織全体にはそこまで影響がないんだ。だが、ここは違う。お前でなければならない」
事実、エーリカとレオノーラだけの状態の時はまともに動いていなかった。
「いや、お前でもいいだろ」
「わざわざアデーレを本部から引き抜いてまで弟子にしたんだろ?」
前後関係が逆だけどな。
「お前が師匠になればいいだろ」
「そう簡単に師弟関係を崩せるか。もし、あの3人が私の弟子になる時があるならば、それはお前が死んだ時だ。その際に本部長か私達の誰かがお前の代わりを務める」
こいつらの弟子って可哀想だな。
どうせ修行という名の意味のない雑用ばっかりをさせるんだろうし。
「死にたくはないな」
「当たり前のことを言うな。弟子にしたのなら責任を取れ。そして、この支部をどうにかしてくれ。ひどいぞ、ここ」
まあな……
「支援とかないか? お前の伝手で誰かをここに左遷……じゃない、派遣させるとか」
「実はこの町出身の者が本部にいたから声をかけた。答えはノーだ」
駄目かー。
「理由は田舎が嫌だからか? 俺が嫌だからか?」
「両方だろ」
じゃあ、無理だな。
「使えねーなー」
「本部長がこれをくれただろ」
クリスが機械を指差す。
「まあな。で? まだ査定してんのか? 遅すぎだぞ。目が衰えたか?」
「査定はとっくの前に終わっている」
早く言えよ。
「いくらだ?」
「150万エル、200万エル、300万エル」
おや? 思ったより安い。
俺は200万エル、250万エル、350万エルだと思った。
「安くないか? もうちょっとするだろ」
「いや、コアとなる魔石が抜かれている状態だ。その分、安い」
魔石を抜く……
あー、俺が火を消さなければ燃える予定だったから高い魔石を抜いていたんだな。
「あほくさ」
「ん? どうした?」
「ちょっと問題が起きているんだよ。巻き込んでやろうか?」
「いや、結構。私は暇じゃない」
でしょうね。
「悪いが、お前の名で査定書を作ってくれないか? ちゃんと貴族とわかるようにフルネームで署名してくれ」
こいつはクリストフ・フォン・プレヒトという名の貴族だ。
貴族だが、気さくな良い男と評判。
「本当に面倒ごとみたいだな……わかった。書こう」
さすがは兄弟子だ。
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