第228話 お爺ちゃん ★
サシャが電話を取る。
「はい、こちら錬金術師協会本部です……はい……はい……少々お待ちください……ジーク先輩、元帥閣下です」
「貸せ。もしもし、ジークヴァルト・アレクサンダーです」
サシャから受話器を借り、答える。
『こちら軍のイグナーツ・フォン・ヨードルである。先程は失礼した。連絡の行き違いがあったらしい』
嘘つけ。
「行き違い? 統合参謀本部が? 戦時中のこの状況で?」
舐めんな。
わざとだろ。
『そうだ。非常に遺憾である。少し見直しをしないといけないな』
「そうしてください。こちらとしては軍は随分と余裕なのだなとしか思えません。私が敵国のスパイなら簡単に付け入れそうです」
サシャがぎょっとした顔になる。
『貴殿はスパイなのかな? 言葉には気を付けた方が良い』
「それはこちらのセリフです。国家の安全と勝利を陛下に託された軍の中枢である統合参謀本部がこの体たらくなどありえません。陛下に進言し、貴殿の管理責任能力を追及したいほどです。私はそちらと違って陛下に忠実で勤勉な臣下なもので」
くだらない揺さぶりをするなら相手を選べ。
『……こちらの対応については謝罪しよう。本題に入りたい』
ふん。
無駄な時間を使わせんな。
「何でしょう?」
『実は貴殿と一度ゆっくり話をしたいと思っていてな。そのアポイントメントだ』
随分と手間暇かけたアポイントメントだこと。
「アデーレのことですか?」
『うむ。孫のアデーレの件だ。リートに異動となったことはアデーレに聞いたが、貴殿の弟子となったと風の噂で聞いた。色々と話を聞きたいと常々思っていたのだが、この度、貴殿が王都に来ていると聞いて、ちょうどいいなと思ったのだ』
風の噂ねー……
大佐かウチの支部長か……
まあ、どっちでもいいな。
「わかりました。今から伺いましょうか?」
『いや、貴殿は陛下の仕事を受けているのだろう? そちらを優先してくれたまえ』
ほう……もし、来いと言ったら『陛下から受けている依頼を中断して向かいます』という嫌味をプレゼントしてやろうと思ったのが、もう引っかからないか。
どっかの少佐と違ってバカじゃないらしい。
「では、仕事終わりでもよろしいでしょうか?」
『うむ。軍の本部の隣にあるレストランを用意しよう』
夕食はアデーレの爺さんとか……
「ドレスコードは必要でしょうか? 出張のため用意しておりません」
元々、ないけど。
あ、クリスに相談しないといけなかったわ。
『不要だ。では、仕事が終わったら来てくれたまえ』
「わかりました。アデーレも連れていった方が良いですか? 今夜は魔法学校の友人と夕食会のようですが」
『爺より友人を優先すべきだし、連れてこなくていい。貴殿と二人きりで話がしたいのだ』
爺より弟子を優先したいね。
「承知しました。では、終業後に向かわせてもらいます」
『うむ。話は以上だ。失礼する』
アデーレの爺さんはそう言うと、電話を切ったのでサシャに受話器を返す。
「ジーク先輩、強気ですねー」
「軍相手ならこれくらいでいい。相手は命を懸けた戦場で生きてきた人間だからな」
「そんなものですか……」
「そんなもんだ。サシャ、このことはアデーレの耳に入れるな。どうやら爺さんは孫に知られたくないらしい」
そんな雰囲気だった。
「わかりました。言わないでおきます」
「頼む」
サシャが頷いたのでこの場をあとにし、階段を昇っていく。
「ジーク様、大丈夫ですかね? アデーレさんを王都に戻せとか言ってきませんよね?」
ヘレンが心配した様子で聞いてくる。
「そんなことにはならないし、もし、そう言われても拒否するだけだ。アデーレは軍属ではなく、錬金術師協会の所属だ」
そうしたいなら俺ではなく、家族としてアデーレ本人に言うだろう。
もっとも、アデーレはリートを気に入っているし、今さら本部には戻らないだろうけどな。
「ですよね。アデーレさんは大事ですもんね」
「当たり前だ。貴重な戦力であり、弟子だぞ。師弟っていうのはそう軽いものじゃない」
少なくとも、お爺ちゃんが寂しいからっていう理由で解消するものではない。
「奥さんであり、彼女さんですもんね」
その2つは両立せんぞ。
◆◇◆
「元帥、どうでした?」
受話器を置くと、リートの大佐が聞いてくる。
「ことごとく、看破された。こちらの意図を完全に見通されていたようだ」
どういう反応で来るかと思ったが、すべて上手い具合に返された。
ああ言われたら何も言えん。
「王都の魔女の秘蔵っ子ですよ」
「噂には聞いていたが、本物か……」
間違いなく、傑物だ。
けっしてへりくだらないし、弱みを見せない。
あれがまだ20やそこらの若造なのだから恐ろしい。
「ドレヴェスが足を掬われ、破滅するわけだな。貴殿のところの少佐だった男もドレヴェスの小物も相手にならんだろう」
ジークヴァルト・アレクサンダーがドレヴェス家の失脚に関わっているのは知っている。
この国最大とも言える貴族の家は虎の尻尾を踏んだわけだ。
「本人は自信を持って国一番の錬金術師と言っておりましたな」
「師匠すら超えると言い張るか。良い度胸だな」
国一番?
どうせ世界一と思っているだろ。
電話越しでも誰に物を言っているんだという態度と自信が伝わってきたわ。
「直接会われるので?」
「会う。会って見極める」
ウチの大事な孫娘に見合うかどうか……そして、あの自信が張りぼてではないかを見極めなければならない。
何しろ、アデーレの手紙にはあの男の絶賛しか書かれていないのだ。
おのれ……
アデーレが人をあそこまで褒めるのはこれまでに一度たりともなかったぞ。
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