第201話 謝罪?
俺達はその後も通常の業務と船製造を交互にこなしていった。
もちろん、夜は勉強会の後にゾフィーとこっそり残業をして、作業を進めていた。
そして、2週間が経ち、木材の方も動力の方もあと少しというところまで来ていた。
「あー、気持ちいいわねー」
風呂上がりのゾフィーが扇風機に当たりながら涼んでいる。
「3人娘も絶賛の冷房器具だな」
「そりゃ絶賛よ。夏の必需品と言ってもいいわ。私にも作ってよ」
「自分で作れ。たいしたものじゃない」
「出た、差別……」
差別か?
お前はそれが専門だろうに。
「自分に合ったものを作れよ。それも勉強だ」
「そうするかなー……しかし、売ったら儲かりそうね」
「錬金術師が商人になったら終わりだな」
絶対に4級にはなれない。
「そうね……生涯、研究者や技術者でありたいわ」
俺もそうだ。
「ゾフィー、動力の方はどんな感じだ?」
もうすべての材料を鉄や銅に変えたのであとの製造はゾフィーに任せてあるのだ。
「もうほぼ終わってるわよ。あとはテストをしたりする最終調整。そっちはどんな感じ?」
「こっちももう終わる」
手が空いた俺はマルティナと一緒に木材を加工していた。
そして、3人娘に細かい部品なんかを任せたが、そちらの方ももう終わりそうだ。
「思ったより早かったわね」
「目に見えてお前の錬成スピードが上がったからな」
最初は遅いなーと思ったが、徐々に上がっていき、今はもう最初の頃よりも2倍くらいは早い。
「あんたが言うように機械ばっかりじゃなくて、ちゃんと自分でやらないと腕が落ちるわね。正直、学生の頃の方が早かったわ」
さすがに精度は今の方が上だろうがな。
「この仕事が終わったら帰るか?」
「うん……ここは良い町だし、良い職場だと思う。あんたの弟子3人も良い人達だし、あんたがここに残る理由もわかる。でも、私は王都で上に行く」
「ふーん……まあ、いいんじゃないか。人それぞれだし、ウチに人が全然、集まらないのも慣れてきたわ」
受付のサシャにまで秒で断られた。
アデーレと違って不満がないらしい。
もしくは、それを差し引いても移動したくないかだ。
「難しいわよ。どこも人の取り合いでしょうしね。そのうち、あんたも勧誘が来るだろうし、あの3人も来ると思うわよ」
そうかもな。
でも、俺もだが、あの3人もどこかに行くことはないだろう。
「お前って勧誘とか来たことあるか? 俺はない」
「私もないわよ。どこのバカが自分のところのトップである本部長の弟子を引き抜こうとするのよ」
それもそうだな。
そして、王都を離れた俺は関係ないわけだ。
どう見ても左遷だし。
「左遷されたのに来る気配がないな……」
やはり人間性か?
「そのうち来るでしょ。最初は様子見。でも、あんたがこの支部を立て直し、あの3人を一人前にすればどこからでも来ると思うわよ。下手をすると、他国からも来るかもね。その場合、とんでもない給料だと思うわよ。それこそ本部にいた時よりも多いかも」
「興味ないな。移るんだったら本部だし、それも無理だ」
エーリカがねー……
世界一曇った顔が見たくない聖女様だ。
「いいんじゃない。あんたが言うように人それぞれよ。というかね、戻ってくんな。あんたが戻ったら次の本部長の椅子があんたになる。邪魔しないで」
ゾフィーもそこを狙うわけだ。
「頑張れ。俺は寝る」
ほらー、ヘレン、おいでー。
「にゃー」
腕の中に飛んできたヘレンを抱くと、立ち上がった。
「私も寝よ。あーあ、私も使い魔が欲しいわ。枕もないじゃないの」
使い魔を枕にしようとするお前は絶対に持つな。
俺達はこの日は早めに休むと、翌日はドックでの仕事のため、いつものように各自が作業をしていく。
「マルティナ、見てみい。食べられた妾」
エルネスティーネがヘレンに咥えられている。
多分、暇なんだろう。
「う、うん……1つも笑えませんけど……」
シュールすぎるわ。
「つまらんか? じゃあ、次は窮鼠猫を噛むを見せてやろう」
「嫌ですよ」
ヘレンが拒否して丸まってしまう。
「つまらん猫じゃ」
エルネスティーネはマルティナが持ってきた巣箱に入っていった。
「木材の加工は慣れたか?」
エルネスティーネが暇そうにしているということはマルティナのレベルが上がったということだろう。
「はい。散々、家でも練習させられましたからね。あと物理……」
「そっちはどうだ?」
「頑張ってますとしか……」
まあ、2週間ではそんなもんだろう。
それに対して、実技の伸びはすごいと思う。
やっぱりこいつは天才型だ。
そして、扱いを間違うと石ころで終わる危険性もある。
ヘレンの提案に従って、使い魔と契約させて正解だったと思う。
あとはハイデマリー次第だ。
マルティナに対して、俺ができることはもうないなと思っていると、シャッターの方に2つの人影が見えた。
エーリカの先輩であるヴァルターとマライアだ。
「エーリカ、ちょっといいか?」
ヴァルターがエーリカに声をかけた。
すると、エーリカがチラチラと俺を見ながらも2人のもとに行く。
「……ジーク様も行くべきです」
「……そんな気はした」
明らかにエーリカが困っているのが目に見えたのだ。
「何か用か?」
エーリカと共に2人のもとに行くと用件を確認する。
「エーリカに用なんだが……」
「職務中だ。お前達が先輩後輩の仲なのは理解しているが、エーリカは俺の部下であり、弟子でもある」
そう言うと、エーリカが俺のすそを握った。
それを見たマライアがヴァルターを肘でつく。
「あー……まあ、それでもかまわん。ちょっと外まで来てくれるか?」
俺とエーリカは先輩2人と共にドックを出る。
魔法がかかってないから暑いが、潮風がちょっと気持ちいい。
「エーリカ、すまん」
いきなりヴァルターが頭を下げた。
「え? な、何がです?」
エーリカの目が泳いでいる。
急に先輩から頭を下げられたらびっくりもするだろう。
「ヴァルター、内容を言わないと……エーリカが困惑してるでしょ」
「ああ……そうだな」
マライアに苦言を呈されたヴァルターが顔を上げた。
「あのー……何があったんです?」
「実はね、前にそちらの王都から来た…………あれ?」
マライアが説明しようとしたが、首を傾げる。
ゾフィーの名前がわからないのだろう。
「ゾフィーな」
「そう、ゾフィーさん。その方に以前、嫌味を言われたのが気になって、ヴァルターと話し合いをしていたわけ」
ゾフィーは嫌味を言ってないけどな。
「えーっと、すみません」
何故かエーリカが謝った。
「いや、謝ることではない。謝りたいのはこちらだ。ウチのアトリエ……まあ、親父なんだが、この町の動力を買い占めて、妨害していることがわかった」
ヴァルターの方のアトリエだったか。
しかし、買い占めができるってくらいだから相当、大きいんだろうな。
「あー……まあ……」
「すまん。俺だって俺達民間と協会が上手くいってないのは把握しているが、後輩であるお前にまで迷惑をかけてしまった」
エーリカが困惑しながらもチラチラと俺を見てくる。
まあ、エーリカはいつもと同じ作業をしているだけで大変だったのはゾフィーだからな。
「ヴァルター、その辺のことは気にしなくていい」
仕方がないので間に入ることにした。
「何故だ?」
「何故も何も別に禁止されたことではないからだ。何の用途かは知らんが必要だったから買っただけだろ? だったらそれに文句は言わない」
「いや、だから妨害のためだろ」
「お前の親父さんは絶対にそのことを認めないし、それを証明する方法もない。それにだ、勝手にすればいい。俺達はお前らみたいに利益を求めている組織ではないからできる方法で依頼されたものを作るだけだ。最悪は赤字になっても俺達の評価点が下がるだけで別に生活に困ることはない」
まあ、他で補うから評価点も下がらないんだけどな。
「しかし、動力の買い占めは……」
「魔導船づくりでは致命的か?」
「ああ。必需品だろう」
親父さんもそう思ったんだろうな。
「そうだな。でも、さっきも言ったように赤字になってもいいから別の町から仕入れるだけだ。ただ、今回はゾフィーが作ってくれた。ゾフィーは本部の精密機械製作チームだから一から作れる。むしろ、利益が出そうだ」
「動力を一から? そんなことが……」
正直、俺もよくやるわって思った。
時間や効率を考えたらここで赤字になっても別の依頼で取り戻すべきだと思う。
でも、本人がやる気だったから止めなかった。
「あいつはたいした魔力じゃないが、器用だからな。伊達に5級の資格を持ってないわけだ」
「ゾフィーさんはジークさんの妹弟子さんなんですよー」
エーリカが補足説明した。
「妹弟子……クラウディア・ツェッテルか」
本部長、有名だな。
「まあ、そうだな。だから気にするな。それに謝ることもない」
「そうか……どうもこういうのは好きじゃないんだ。錬金術師なら自分の腕で争うべきだろう」
根っからの技術屋だな。
正直、経営には向いてない考えだ。
「ヴァルター、今回はお前のところがウチを妨害した。こんなことはたいしたことではない。そもそも協会は民間と争ってないからな。でも、民間同士の争いはし烈だぞ。仲良くしているマライアともライバル関係なことを忘れるな」
そう言うと、ヴァルターがマライアを見た。
「まあ、そうかもね。民間と協会では目的が違うもの。でも、民間同士は同じ目的で利益。客の奪い合いだものね」
「そうか……忠告感謝する。だが、それとは別に迷惑をかけたことは謝罪する。後輩に迷惑をかけることは本意ではない。エーリカ、すまなかったな」
「いえ……お互い、頑張りましょう」
さすがはエーリカ。
ゾフィーと違い、笑顔で返した。
「そうだな」
「ええ。頑張りましょう。じゃあ、私達はこれで。邪魔したら悪いしね」
2人はそう言って、奥の方にあるドックに向かって歩いていった。
「あの……悪い方達じゃないんですよ」
「そんな感じはするな」
プライドが高いだけだろう。
「つまらんことを聞くが、あいつらって付き合ってるのか?」
「うーん、どうでしょう? 幼馴染で仲が良いとは聞いてますけど……」
まあ、どうでもいいか。
「戻るか」
「はい。間に入ってもらってありがとうございました」
「お前があいつらを苦手なのが少しわかった。本当に一方的だな。民間らしいわ」
自分が謝りたいから謝った。
そこにエーリカへの配慮はなさそう。
「私、協会に入って良かったと思います。多分、民間ではついていけそうにないです」
エーリカは争いやトラブルが嫌いだからそうだろうな。
「俺もそうだ。絶対に上手くいかないだろう」
さっきのも時間の無駄としか思わんし。
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