第194話 内業
翌日。
この日は支部での作業となるため、各自が物を作っていくと、マルティナがやってきたので俺とゾフィーで対応する。
「そこ、ミスってるぞ。本当に物理が苦手じゃのう……」
「こ、こうかな?」
「なんでそうなる? こっちに決まっておるじゃろ」
「あ、うん……」
俺とゾフィーのやることがないな。
「ねえ、このハムスター、使い魔よね? なんでこんなに偉そうなの?」
「知らん。偉いんじゃないか?」
きっとハムスター界の女王なんだろう。
「こうかなー?」
「違う! だーかーらー、こっちだって言っておるじゃろ! なんでこんなものもわからんのじゃ!」
ハムスターがバンバンと教本を叩いている。
ぱっと見は可愛い。
「可愛らしいまん丸の尻尾をひょこひょこさせながらあんたと同じようなことを言いだしたわよ」
「俺は言わんっての」
「でも、思ってるでしょ」
「それしか感想はないだろ」
絶対にゾフィーだってそうだ。
もしかしなくても3人娘もそう思っているだろう。
それほどまでに錬金術師が取る点数じゃない。
「こ、こう?」
「むー……なんじゃこいつ? 実はわざとやって、妾を笑っているんじゃないだろうな?」
「そんなことないです……」
「のう? 常識的に考えてハムスターより頭が悪いっておかしくないか? 脳の容量が全然違うんじゃぞ。妾は食っちゃ寝しているだけの小動物ぞ?」
そんな風には見えんけどな。
というか、お前は絶対に頭が良いだろ。
「エルネスティーネ、こいつは化学の点数は抜群に良い。頭が悪い訳ではないと思う」
バカは化学で100点は取れん。
「そうなると、本人の意識じゃな。よし、妾がみっちり鍛えてやろう。本屋に行くぞ」
エルネスティーネは器用にマルティナの身体を登っていく。
「え? 本屋?」
「そうじゃ。この教本はお前のレベルでは無理じゃ。子供でもわかる物理の本を買いに行くぞ。それともここの3階から落ちて、落下運動を直で体験するか?」
スパルタだな。
「死んじゃうよぅ……」
「安心せい。妾は回復魔法も使える」
安心する要素はどこ?
「本屋に行こっか」
「よし。妾に任せておけ。世界一の薬屋にしてやるぞ」
マルティナはエルネスティーネと共に支部を出ていった。
「あの子も気の毒ね。仕事場ではドSのハイデマリーがいて、家でも女王様のハムスターがいるわけじゃない」
「あいつに関してはそのくらいがちょうどいいだろ。多少、無理をしないと育たん」
物理という致命的なハンデがあるからな。
「まあ、そうかもね。しかし、あのハムスター、回復魔法が使えるって言ってなかった?」
「言ってたな」
「非常に高度な魔法だし、やっぱりただのハムスターじゃないわね」
前世のゲームなんかでも回復魔法というのは存在した。
俺はやったことないが、HPが回復したり、ケガが治るものだ。
だが、この世界では回復魔法はとても高度なものとされている。
だからこそ、簡単に手に入るポーションが多く使われているのだ。
でなければ、ハイデマリーの薬品生成チームは商売上がったりである。
「ウチの子の方が可愛いけどな」
なお、その可愛い子はデスクで丸くなって寝ている。
「そういう意味じゃないけど……」
「何でもいいだろ。それよりもあいつのおかげでだいぶ楽になったな。火曜石作成に戻るぞ」
エルネスティーネがマルティナの面倒を見てくれるだろう。
「まあいっか。あ、私は設計図を仕上げてしまうわ」
俺達はデスクに戻ると、それぞれの作業を再開した。
しばらくすると、マルティナ達も戻ってきて、物理の勉強を始める。
「おぬし、正気か……? これ、子供がやるやつだぞ。100点を取れとは言わんが、80点は取ってくれ」
「子供の頃から苦手だったんだ……」
錬金術師志望が放置したのかよ……
苦手だってわかっているならより勉強して改善するものだろ。
「そこじゃな。おぬしはそういうところがある。問題を放っておき、楽な方に進もうとする癖みたいなものじゃ。そこをまずは直すべきじゃな」
「が、頑張ります」
頑張れ。
俺達はソファーの方で勉強をしているマルティナを眺めながらも仕事を続けていく。
「ジーク、こんなもんでいい?」
ゾフィーが設計図を見せてきた。
「お前も細かいな……」
かなりの詳細図だ。
5枚もあるし。
「あんたが弟子共でもわかる図面にしろって言ったんでしょうが」
まあな。
でも、材料表まで書くとは思わなかった。
「特にミスはなさそうだし、明日、買いに行くか。エーリカ、ゾフィーを店に案内してくれるか? 俺、知らんし」
そう言って、エーリカに図面を渡す。
すると、エーリカが図面を見ながら考え始めた。
「えーっと……わかりました。専門店がありますのでゾフィーさんと一緒に行ってきます。ゾフィーさん、午前中に回ってみましょう」
「わかったわ……ねえ、あんた、私と同い年でしょ? なんで敬語なの?」
敬語娘だから。
「先輩ですし」
「いや……まあいいか。じゃあ、明日ね。私は今日からサイドホテルに泊まるから朝に迎えに行くわ」
「了解です」
人見知りのゾフィーも慣れてきたし、エーリカなら大丈夫だろう。
「ゾフィー、せっかくだから動力の組み立てや錬成を見せてやってくれ。勉強になるだろ」
「いいけど、わからないと思うわよ?」
「いずれはやらせるから参考程度だ」
さすがにそれだけで完全に理解しろとは言わない。
「まあ、わかったわ。その都度、呼ばれたらたまんないしね」
さすがに呼ばんわ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
いよいよ本作の2巻が明日発売となりますが、早いところではもう店頭に並んでいるかもしれません。
電子の方は0時より読めます。
現在、1巻の電子版のセールもやっていますし、1巻を読んでない方もぜひともこの機会に読んでいただけると幸いです。
また、改稿、加筆を頑張りましたし、ぜひとも読んでいただき、楽しんでいただければと思います。
よろしくお願いします!