第187話 相談
「うーん……」
「言葉は選ばなくてもいいわ」
「じゃあ……お前、20歳になったばかりで何を言ってんだ? 10級に受からない30歳前の人間が言うセリフだぞ、それ」
20歳の5級のセリフでは絶対にない。
「私はそんなレベルの話をしていない。学生時代に5級を取り、最速で3級を取ったあんたと話してるの」
「それにしても悩むことではないだろ。4級に落ちてから悩めよ。5級も4級もたいして変わらんぞ」
「大違いよ。当たり前だけど、上に上がるたびに難易度がグーンと上がる」
確かに当たり前だ。
そうでなければランクを分ける意味がない。
「ちょっと見せてみろ」
そう言ってゾフィーに手を伸ばすと、参考書を渡してくれる。
「4級の本ね。さっぱりだわ」
参考書をパラパラと読んでいくが、たいした問題じゃないし、技術も普通だ。
「ゾフィー、お前は天才だ」
「あんたに言われても一つも嬉しくないわ」
俺の方が上だもんな。
最近わかったことなんだが、俺がどんなに褒めても嫌味に聞こえてしまうらしい。
本心で褒めているんだけどなー……
「お前は才能があり、ここまで階段飛ばしで上がってきた。はっきり言うが、お前は早熟だな」
「そうかもね。背は晩熟だけど」
それも早熟だと思うな。
10歳くらいまではお前の方が背は高かったし。
「不出来な妹弟子に人生を説いてやろう」
「人生? あんたが?」
「俺が」
「ふーん……左遷野郎の言葉を聞いてみるわ」
俺はエルネスティーネの寝床作りで余った10センチ程度の木材を大量に取り出し、テーブルに並べた。
「人生というのは知識や経験を積み重ねていくもんなんだよ」
そう言いながら木材を並べ、その上にさらに木材を並べていく。
そうして出来上がったのはピラミッドだ。
「まあ、そうね」
「一番下が基礎だ。基礎が一番でかい。わかるな?」
「もちろん。崩れちゃうじゃないの」
「そうだ。でも、それが今のお前だ」
今度は木材を縦に積み重ね、ビルのようなものを作っていく。
「基礎がないってこと?」
「お前は頭も良く、器用だった。学生時代から本部長の下で錬金術の仕事をし、腕を磨いてきたわけだ」
「学校の勉強もちゃんとしてたわよ?」
当たり前だ。
「それはこの積み木の話の外の話だ。そんなもんがあるのは大前提。お前が言うようにマルティナレベルの話はしていない」
「私には何が足りないの?」
「背伸びしすぎだ。20歳で5級は確かにすごいし、誇って良いことだろう。でも、焦りすぎ。上ばっかり見てないで自分が積み重ねてきた足元を見てみろ。崩れ落ちそうだぞ」
5級と4級にたいした差はない。
難易度はもちろん上がるが、根本的な原理や求められる技術にそこまでの差はない。
本当の意味で上がるのは銀から金へと変わる次だ。
「そんなにひどい?」
「今日の錬成を見ていたが、5級とは思えんな。遅すぎ」
さすがに3人娘よりかは早かったが、それでも5級と考えるとかなり遅い。
「私は精密機械製作チームだし、スピードよりも正確性が求められるの」
「そこだ。お前、正式に本部に就職して1年か2年だろ。なのにもう専門分野1本で食っていく気か? 正直、お前は器用で魔力のコントロールも上手いから向いていると思う。でも、他に学ぶことも多いぞ? あのマリーだって最初から薬を作ってたわけでもないだろ」
それはクリスやテレーゼもだ。
「それはそうだけど……」
「頭も良く、器用。そして、魔力のコントロールが上手い……そりゃ試験には強いわ。でも、ここにきて、それの限界が来たんだろう。それがお前の言う限界だ。他の者からしたらそれは限界と呼ばない。ただの努力不足だ」
「努力してるわよ」
寝る間も惜しんで勉強したって言ってるもんな。
「足りない。何が足りないって他の連中はお前の何倍も努力しているんだぞ? これの意味がわかるか? わからないようならバカと呼んでやろう」
「私がまだ20歳だから?」
「そうだ。テレーゼ、マリーはお前の努力にプラス8年も努力してる」
「話の腰を折ってごめん。6年ね。2人が怒るわよ」
あいつら、26歳だったか……
「言うなよ?」
ウザがらみしてきそうだし。
「言わないから続けて」
「お前はこのままの感じで続けていれば、今年か来年には4級に受かるだろう。それだけの実力はある。だが、そこまでだ。次は4級とは比べ物にならない高い壁が待っている」
「金の3級……」
国家錬金術師の資格証である鷲のネックレスは6級で銀、3級で金に変わる。
そして、そこが一つの大きな壁となっている。
「お前より頭が良いマリーとお前より錬成が上手いテレーゼが越えられていない壁だ」
まあ、マリーは試験へのスタンス、テレーゼは職場の激務さが邪魔しているんだけど。
「私では無理?」
「このままでいけばの話だ。いくら器用なお前でも3級以上は小手先で通用しなくなる。これは便利さの弊害でもある。今時、今日の火曜石にしてもインゴットにしてもスイッチ一つだろ? そりゃ技術も上がらんわ」
ゾフィーは明らかに慣れていない感じがした。
「まあねー……いちいち自分で作らないし、そんな時間があるなら他の作業をするもの」
もちろん、それで合ってる。
「そうだな。でも、3級のクリスやまだ4級だが、受かる実力は十分にあるマリーやテレーゼはできている。なんでかわかるか?」
「自主練でもしてるの?」
「いいや。あいつらには弟子がいる。弟子のために教えたり、勉強を見てやることが自分の勉強や復習になっているんだよ」
自分で学ぶより、学んだことを教える方がずっと勉強になる。
何よりも気付きになるのだ。
自分では理解していると思っていることでもいざ教えようと思った時に教えられない。
それは本質を理解していないからだ。
「そういうこと……だからあんたは私にマルティナの勉強を見るように言ったわけね」
え?
あ、いや、そう!
「ゾフィー、弟子を取れとは言わんが、もう少し回り道しても良いと思うぞ。資格手当やマリーの歪んだ顔を見るために4級を取ってからでもいいが、もう一度基礎から見直してみろ。お前は4級で止まる人間じゃない」
というかね、こういうことを言うのが本部長の仕事じゃないのか?
「異動届でも出そうかしら?」
「ウチに来るか?」
「いや、別の部署ってだけ。悪いけど、あんたのファミリーは嫌だし、私は王都がいい」
これ、俺のせいか?
「まあ、無理にとは言わんがな」
「ねえ、あんたもその基礎を学んだの?」
ん?
「俺はお前らとは違う」
「天才だから?」
「違う。お前、趣味ってあるか?」
「趣味……ショッピングとかかな」
初めて知ったな。
「俺はそういうものがない。子供の頃から時間さえあれば図書館に通って魔法の本を読み漁り、ずっと練習していた。錬金術にしても色んなものを作ってきたし、勉強もしてきた。お前らとは積み重ねてきたものが違う」
寝る時間以外は常に勉強してきた。
食事の時間すら削ってな。
「そう……天才がそれだけ努力してたら強いわよね」
まあ、努力って程、別に苦でもなかったんだけどな。
未知なる技術だった魔法は楽しかったし、試行錯誤を繰り返していっぱい作ってきたが、それもヘレンのためだったし。
「お前はまず、俺達一門を見るのをやめろ。お前はお前にしかなれんぞ。俺がどうあがいても3人娘のような人間になることはできないんだ」
「そうね。それは私も同じ……ちょっと考えてみるわ」
ゾフィーはそう言うと、水割りを一気飲みし、ソファーの方に向かう。
そして、横になると、天井を見上げた。
「……外した方がいいか? 寝室で飲みたいんだけど」
超小声でヘレンに聞く。
「……多分、1人にした方がよろしいですよ」
よし。
微妙に気まずかったから良かった。
「じゃあ、ゆっくり考えろよ。おやすみ」
「ええ、おやすみ。お礼にアドバイスしてあげるけど、もし、私があの3人だったらこの場面で放っておいて寝室に行ったらダメよ。ちゃんとついてあげないと」
「わかった」
なんでだろ?
わからない……
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
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