第186話 限界
勉強会も終わり、家に戻ると、ゾフィーを先に風呂に入らせた。
その間にマルティナのテストを作っていく。
「ジークー、先にもらったわよー」
ゾフィーがタオルで髪を拭きながら脱衣所から出てきた。
「んー」
「平日にこんなにゆっくり風呂に入れたのって何気に久しぶりだわー。ご飯も美味しいし、良いところねー。あんたが帰らないって聞いた時は勉強しか知らない異常者が女に溺れたかと思ったけど、気持ちはすごくわかるわー」
こいつもだんだんと調子(暴言)を取り戻している気がする。
「そうかい……」
「んー? 何してるの?」
ゾフィーが覗いてきた。
「マルティナのテストだ。あいつが王都に行くまでに計画的にやらせて、物理を『壊滅的』から『かなり苦手』にまでしたい」
『ちょっと苦手』までにしたいが、それはさすがに時間がなさすぎる。
「いける? あれは相当よ。魔力はすごいし、良い魔法使いになると思うけど、時間がかかりそう」
皆、そう思っている。
「あいつは実家の薬屋を復興させる目的があるし、早めに10級を取らせた方が良い。ズルズルいきそうだし」
そう珍しくないが、10級を取るのに時間はかかるが、一度取ると、一気に上に上がるような奴はいるのだ。
そして、そういう奴は10級までに時間がかかる。
多分、マルティナはそれ。
「ふーん……それにしてもなんであんたがそんなに頑張ってるの? ハイデマリーの弟子じゃないの」
「色々と思惑があるんだよ。あと、エーリカの後輩だから」
「あー、はいはい。そういうことね」
本当にわかっているんだろうか?
「俺だって、ハイデマリーに投げたいわ」
そもそも俺は人に教える経験が少ないからこの方針で大丈夫かどうかもわからない。
「ヘレン、あんたはジークがこれでいいと思ってんの?」
ゾフィーがテーブルの上で丸まっているヘレンに聞く。
「ジーク様は人と争ってはいけない御方なんです。絶対に勝ってしまいますし、恨まれます。でも、ここはそういう争いも起きませんし。ジーク様は争うことがない人には優しいので御三方とも上手くいっています。万々歳です」
「ふーん……ジーク、ドライヤーはないの?」
興味ないなら聞くなよ。
「そこにある」
棚を指差す。
「あ、借りるわね」
「勝手に使え。俺も風呂に入ってくるわ」
テスト作成が終わったのでヘレンを抱えると、風呂に入る。
そして、風呂から上がったのだが、ゾフィーはテーブルにつき、何かの本を読んでいた。
「こんな時間まで勉強か?」
ウィスキーのロックを作りながら聞く。
「まあねー……寝る前と早朝に勉強するの」
早朝はすごいな。
俺は絶対に無理。
「あまりに根詰めすぎるなよ。テレーゼは1人でいいぞ」
お前まで鬱になったらヤバいわ。
「わかってるわよ……飲むの?」
ゾフィーが顔を上げて、こちらを見てきた。
「寝る前に飲むのが日課になってるな」
「ふーん……私もちょっとちょうだいよ」
ゾフィーが意外なことを言ってきた。
「飲めるのか?」
「ちょっとだけならね」
そう言われたので薄い水割りを作り、自分のロックと共に持っていく。
「ほれ」
「ありがと」
ゾフィーに水割りを渡すと、対面に座り、ロックをちょびっと飲んだ。
すると、ゾフィーも一口飲む。
「お前も飲めるようになったんだな」
「まあね。そんなに飲まないけど、チームでの慰労会とかあるし」
馴染めてるのかねー?
「俺はそういうの一回も出たことがなかったな」
「知ってる。本部に就職した魔法学校の先輩に『何あれ?』って聞かれたことあるし」
「何て答えた?」
「そういう奴」
合ってるな。
「一緒に食事して仕事の効率なんて上がらん。結局は個の力とそれを束ねるリーダーの力量がすべてだ」
これは今でもそう思っている。
「でも、こっちではそうしてないんでしょ?」
「それとは別の意味で大事なことだということもわかってきたんだ」
少なくとも俺の偏食は治った。
「ふーん……ジークさ、ちょっと話に付き合ってくれない?」
「構わんぞ」
「あんたがこんなにあっさり頷くとは思わなかったわ」
ゾフィーがちょっと驚いた顔をする。
「そうか? お前をここに泊めた時点で了承しているようなものだろ」
何かあるから泊めてって言ってきたんだ。
じゃなきゃ、金を持っているであろうこいつがホテルではなく、俺の家に泊まることはない。
「本部長に何か聞いた?」
「お前が悩んでいるみたいなことは聞いたな」
「そう……あのさ、あんたから見て、私って才能あると思う? 正直に答えて」
正直ね……
「才能のレベルによる。俺からしたらお前もテレーゼもマリーもクリスも才能なしだ」
「さすがにもうちょっとハードルを下げて」
客観的にね。
「20歳で5級を取ったお前を才能なしとは言えんだろ。本部のエースである今言った3人よりも早いぞ」
それだけすごいことだ。
「それは自分でも驚いている。寝る間も惜しんで頑張ったし、手応えがなかったわけじゃないけど、受かるとも思っていなかった。正直、運が良かったと思っている。もう一回受けたら落ちると思うわ」
「そんなしょうもないことを考えるなよ。5級に合格したという事実で十分だろ。次の4級を目指して頑張れ」
それ以外ないわ。
「4級は無理かなって思ってる。何となくだけど、私の限界はここかなーって」
めんどくせー。
何がめんどくさいって俺も人間性50点が限界と思っていること。
でも、それで良しと考えている俺と自分が一番だと思い、上を目指しているゾフィーでは思いが違うということだ。
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