第183話 紛らわしい
「はい。これでいい?」
ゾフィーが火曜石を見せてくる。
どう見ても微妙なDランクだ。
「そんなもんだな」
「良いものを作れっていうのは死ぬほど言われてきたけど、ランクを落とせは初めてだわ」
「ウチには機械がないからな」
本部ならこういう数が必要で質を問われないものは機械で粗製乱造だが、そんな機械がないウチは全部手作業だ。
「ゾフィーさん、こんなに早く火曜石を作れるなんてすごいですね」
エーリカが称賛する。
「いや、別にこのくらい……」
ゾフィーがごにょごにょと答えた。
「これが私より年下なんだもんね」
「5級を取るわけよ」
レオノーラとアデーレも称賛する。
「ガンガン作ってくれよ」
気まずそうなゾフィーの机の上に魔石を置く。
「うん……」
俺達がその後も各自が仕事を続けていくと、ゾフィーが俺の袖を引っ張ってきた。
「どうした?」
「あれ……お客さん?」
ゾフィーに言われて、受付の方を見ると、マルティナがいたので手招きをする。
すると、マルティナが共同アトリエに入ってきた。
「マルティナだな。知ってるか?」
「あれがハイデマリーの……可哀想に」
そういう認識なんだな。
俺も言われたけど。
「お前もちょっと来い」
「え? なんで……」
ゾフィーは嫌そうな顔をしている。
こいつ、本当に人見知りがすごいな。
「ちょっと一緒に見てやってくれ。一門だろ」
「まあ……」
俺達はマルティナが待つ応接用のソファーまで向かい、マルティナの対面に腰かけた。
「よう、マルティナ。今日は遅かったな」
「店の片付けや挨拶回りがあったんですよ」
挨拶回りなんかもあるわけか。
「ご苦労さん。それとこいつはゾフィーだ」
「こんにちは! マルティナと言います! よろしくお願いします!」
ゾフィーを紹介すると、マルティナは元気いっぱいに答える。
俺やハイデマリーの時とは大違いである。
まあ、あの時のマルティナは大変な時期だったからと思おう。
「どうも……ねえ、本当にハイデマリーの下で錬金術師を目指すの?」
「はい! 尊敬する師匠です!」
尊敬ねぇ……
「へー……」
さすがのゾフィーも弟子の前でハイデマリーの悪口は言わないようだ。
「マルティナ、今日は特別にゾフィーが勉強を見てくれる。こいつは前にも言ったが、20歳で5級になった天才さんだ」
「すごいです! ジークさんや師匠もですけど、優秀な方ばかりですね!」
まあな。
「お前もその仲間入りができるように頑張れよ」
「はい!」
「よしよし。今日もテストを作ってきてやったが、まずは…………あれ? そういえば、エルネスティーネはどうした?」
なんか足りないなと思ったら使い魔のハムスターがいない。
「エルちゃんはお母さんと商業ギルドに行きました。不安だから付き添ってくれるそうです」
エルネスティーネもあの母親がマズいということがわかったのか。
「優秀な奴だなー……しかし、使い魔が主のそばにいなくていいのかね?」
一緒にいるものでは?
「あんたはヘレンとべったりだろうけど、本部長のカルステンやクリスのドロテーなんかは好き勝手してるでしょ」
そういやそうだな。
「そういえばなんですけど、師匠とかゾフィーさんは使い魔がいないんですか?」
「私はそもそも魔術師じゃないからいない。ハイデマリーはいらないって言ってたわね」
だからあんなんなんだ。
ちゃんと使い魔を持って、俺やマルティナみたいに導いてもらえばいいのに。
「へー……」
「マルティナ、銅鉱石はどうなってる?」
「あ、はい。こんな感じです……」
マルティナが銅鉱石を取り出し、見せてくる。
「変わってないな……エルネスティーネに手伝ってもらわなかったのか?」
「あれから家に帰って、エルちゃんと色々と話をしたんです。そうしたらそれは自分だけの力でやれって言われました」
ホント、優秀な使い魔だこと。
「そうか……じゃあ、ちょっとやってみ」
「はい……」
マルティナは銅鉱石を手に取り、錬成を始める。
ぜーんぜん、進む気配はないが、この前見た時よりかは魔力が動いているような気がした。
おそらく、エルネスティーネに魔力を動かしてもらったことで感覚を覚えたのだろう。
「ゾフィー、どう思う?」
「え? えーっと、まあ、そんなものじゃないかしら?」
目が泳いでるぞ……
「正直に言え。こいつのためだ」
「………………」
黙るなよ……
「ゾフィーさん、いいんです。師匠にはボロクソに言われ、ジークさんには鼻で笑われましたから」
確かに鼻で笑うレベルだったが、本意じゃないんだぞ。
「あんたら、何してんのよ……」
「色々と事情があったんだよ」
「それでもこんな若い子の夢と希望を奪うようなことすんな」
だってひどいんだもん。
これがその辺の奴らなら思わんが、これだけの魔力を持っているのにこれだから余計に思ってしまうんだ。
「いいからお前の感想を聞かせろ。正直にだぞ」
「えーっと、まあ……ひどいわね」
ゾフィーがそう言うと、マルティナがガクッと項垂れた。
「い、いや、資格持ちの錬金術師として見たらよ!? あなたくらいの歳なら普通だから!」
「俺はこいつくらいの時には6級か5級はあった」
「普通じゃない人格破綻者は黙ってろ」
まだギリギリ破綻してないわ。
35点あるわ。
「ゾフィー、アドバイスをしてやれ」
「アドバイスって言ってもねー……私、弟子持ちじゃないし、人に教えたことないんだけど」
「誰にでも初めてはある。いい機会だから教えてやれ」
俺は疲れた。
「なんで私がハイデマリーの弟子の面倒を…………えーっと、やみくもに魔力を流すんじゃなくて、物質の元となる要素を分解して抽出するのよ」
「はい……」
全然、わかってないな。
「ちゃんと丁寧に教えろよ。そいつはマジで基礎も何もないからな」
「ジーク、銅鉱石ない? 見せた方が良いわ」
「ほれ……じゃあ、あとは頼んだぞ。あ、このテストもやらせろ」
銅鉱石と共に物理のテストをテーブルに置くと、本を読むことにした。
すると、ゾフィーが怪訝な表情で背表紙を覗き込み、3人娘の方を見る。
「なんだ?」
「……あんた、子供ができるの?」
俺が読んでいるのは子供との接し方に関する本だ。
「そんなわけないだろ。俺は人との付き合い方を学んでいるんだよ」
「そう…………今年一番びっくりしたわ」
俺が左遷されたことや自分が5級に受かったことよりもびっくりしたらしい。
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