第166話 その本は-50点
レオノーラとアデーレが納品から帰ってくると、ちょうど昼になったので昼食を食べだす。
「ジークさん、人員を増やす計画はどうするの?」
アデーレが聞いてくる。
「それなー……難しい気がするわ」
「やっぱり?」
「とりあえず、囲い込みはなしにした。悪いが、俺が無理」
労力と成果が合ってなさすぎる。
「あなた、マルティナさんのことが嫌いねー……」
「嫌いじゃないぞ。良い子じゃないか」
うん、良い子……
いやー、他に良いところが見つからんわ。
「バカは嫌いって顔に書いてあるわよ」
そうかもな。
そう思ってるし。
「話が通じない気がするんだよな」
「あなたは合理主義者だものね」
人は動物と違って考える頭があるのだからそうあるべきなのだ……と思っていたが、今はそれだけが正解じゃないのはわかっている。
「最近はそうでもない。悲しきモンスターは卒業したんだ」
多分。
ヘレンさん、大丈夫ですかね?
「さすがはジーク様です!」
ご飯を食べ終えたヘレンがそう絶賛すると、丸くなって寝だした。
「その本のおかげ?」
アデーレが俺のデスクに置いてある本を見る。
もちろん、子供との接し方の本だ。
「そうだな。ナンパ本と違って良い本だぞ。書いてあることを実践したらマルティナがビビらずに接してくるようになった」
「へー……見せて。私もあなた側の人間だから」
「お前は愛想を良くしたらいいだけだと思うけどな。俺と違って優しいし」
そう言いながらアデーレに本を渡した。
「受付の時を思い出すから愛想は無理。自然に生きたいわ」
俺もそこはあまり思い出してほしくないね。
「わからんでもないな。レオノーラは何を読んでるんだ?」
昼食を食べ終え、本を読んでいるレオノーラに聞く。
「これ」
レオノーラが背表紙を見せてくる。
【複数の女性との付き合い方】と書いてあった。
「あー、それか。本屋の店員に勧められたな。王都で人気らしいぞ」
「私もそう聞いた。意外にも女性も買うらしいよ」
絶対にそのうち、【複数の男性との付き合い方】が出るな。
「何て書いてある?」
「おおっぴらにするか隠すかで変わるみたい。おおっぴらにする場合は平等が大事。隠す場合は日記をつけてちゃんと忘れないようにしろって」
「日記? なんで?」
めんどくさいだろ。
「例えばだけど、ジーク君がアデーレと海に行くとするでしょ? その思い出話をエーリカにしたらマズいってこと」
なるほどねー。
でも、俺を例にするのはやめてくれ。
あと、俺は記憶力が良いから忘れんわ。
「その日記が見つかるってオチだと思うけどな」
「君は空間魔法が使えるでしょ」
俺を例にするなっての。
「やっぱりその本はダメだな。人間性が35点から下がりそうだ」
マイナスにいきそう。
「良いことも書いてあるよ。比べるのはダメ。良いところを見つけようって書いてある」
ふーん……確かに悪いところばかりに目が行きがちだが、それをすると、際限がないからな。
もちろん、マルティナのこと。
「浮気を勧める本のくせに何を言ってんだって思うな」
「まあねー。でも、良いところを見つけるっていうのは普段でも大事なことだよ。ジーク君はかっこいいし、頭も良いし、責任感もある。あと言葉が厳しく思えるけど、それは期待の裏返しだね」
レオノーラまで聖女になる気だろうか?
褒めても何も出んぞ?
「ありがとよ……良いところねー……マルティナの良いところか……エーリカ、あるか?」
ないよな?
「家族想いだし、向上心もある。それに可愛らしいじゃないですかー」
エーリカは本当にすごいわ。
「レオノーラ、ちょっとその本を見せてくれ」
「いいよー」
レオノーラが立ち上がって、精一杯、腕を伸ばしてきたので本を受け取り、読み始めた。
「ふーん……」
たとえ、面倒でも同じところに1人ずつデートをするのも大事らしい。
なんか身に覚えがあるな……
タイトルを見て、低俗な本と決めつけていたが、弟子を3人持つ俺にとっては案外、役に立つかもしれん。
デートとは言わないが、合格祝いで差をつけると不満を持つだろうし。
「3人の奥さんを持つ旦那様が熟読し始めた……」
「お前の嫁だろ。しかし、このシリーズの作家はどんなコミュニケーション強者なんだろう?」
心理学にも精通しているし、きっとすごい学者なんだろうな。
俺が人生を何度をやり直そうと、その域には達することはできないだろう。
そういう意味では尊敬できるな。
ちょっと最低だけど。
「どうだろうねー。理論と実践はまた違うから何とも言えないと思うよ」
それもそうだな。
俺がどんなに本で勉強しようと、エーリカにはなれないだろう。
その後も本を読んでいったが、昼休憩が終わったので仕事を再開した。
午後からはレオノーラとアデーレが新しい仕事をし始めたのでそれを眺めながら自分の仕事をしていく。
「スピードも意識しろよー」
難易度的にはこいつらの実力を考えたらできて当たり前である。
次のステップとして、スピードが大事になってくる。
「品質を落とさずによね?」
もちろん、スピードを上げて、精度が落ちたら本末転倒である。
「そうだ。すでに高品質を作れるのは時間をかければ当たり前の域に達している。あとはどれだけ時間を縮められるかだ。エーリカもな」
「わかりました」
3人は頷くと、普段よりスピードを速めて錬成していった。
そして、夕方になると、マルティナがやってきたので昨日と同様に物理のテストをやらせる。
「難しい……王都の魔法学校のテストってこんなに難しいんですか?」
「まあ、この国で一番だからな。それに難しいのはお前が苦手な問題しか出してないからだ」
できる問題をやらせても意味がない。
これが3人娘だったらモチベーションのためにそういう問題も混ぜるが、マルティナには時間がないのだ。
「え? これ、ジークさんが作ったんですか?」
「そりゃそうだろ。昔のテストなんか残ってないわ」
全部100点だし、復習するまでのものでもない。
「ありがとうございます……でも、大変では? お仕事もあるし、エーリカ先輩達の勉強も見てるんですよね?」
「別にそのくらいならすぐだ」
「あ、ありがとうございます……」
礼はいいから解いてほしいわ。
さっきからこちらをチラチラ見て、全然、筆が進んでないし。
「どこかわからないところはあるか?」
「あ、いえ……あのー……何を読んでいるんですか?」
んー?
「これか? 俺は人間的によろしくないから勉強しているんだ」
「そうなんですか? 新聞を読みましたけど、素晴らしい錬金術師だと思いますよ。クラスでも話題でした」
その新聞は嘘ばっかりなんだよ。
「お前が知らないところで問題点が多いんだよ」
「へー……そうなんですか。それで勉強、ですか……? あ、あの、よりよろしくないような気がしますけど……」
あー……【複数の女性との付き合い方】はマズかったな。
「良いことも書いてあるんだよ。ウチは似たような能力の弟子が3人いるからな」
「そ、そうですか……お幸せに」
何、こいつ?
急に目が合わなくなったし……
「いいからテストをやれ。わからないところは教えてやるから」
「は、はーい」
マルティナが参考書を見始めたので本を読む。
うーん、マルティナの良いところが見つからん。
やっぱり俺はエーリカと違って、人の良いところを見つけるより、粗を見つけるタイプの人間なんだな。
これを矯正しないと人間性40点にはなれない気がする。
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