第163話 モチベーションは大事
「とりあえず、新規の病院は受けよう。幸い、ポーションはアデーレが作ったやつがある」
「毎日、コツコツと作ったあれね……」
アデーレは圧倒的な経験不足なため、毎日の勉強会ではほぼポーションやインゴットを作らせているのだ。
「100個あるか?」
「あると思うわよ」
いつの間にかそんなに作ったようだ。
「じゃあ、それで。あとで品質を見てみるわ。それとメスは俺が作ろう」
「お願いします」
「指を切る自信があるよ」
「メスなんて触りたくもないわね。見ただけでゾクッとする」
こいつらに刃物は無理だ。
それに医療用のメスは品質を要求される。
「ガーゼは……ステンレス鋼が嫌なレオノーラが作れ」
「作り方を知らないよ?」
「あとで教える。難易度は高くないし、9級のお前なら問題ない」
気が遠くなるほどの単純作業だがな。
「わかったー」
レオノーラがいつもの笑顔で頷いた。
うんうん、頑張れ。
「エーリカは引き続き、キュアポーションを作ってくれ」
「同じやつですか?」
「キュアポーションなんて滅多に使わん。なのにまだ依頼をするってことはストックしておかないといけない絶対数が足りてないんだろう。このリストには高額な民間に出したくないっていうのが透けて見える。お前の従兄のルッツもいるし、軍は大口の客だからやってやれ」
正直、この前のキュアポーションの出来がちょっと微妙だったからもう少し上げておきたいという思いもある。
「わかりました! 頑張ります!」
エーリカは本当に素直だわ。
「私は?」
アデーレが聞いてくる。
「お前なー……」
正直、アデーレは何でもいい。
今、アデーレに必要なのは実務経験だから。
「役所の木箱の納品を頼めるか?」
「木箱? またえらい基礎ね」
木箱は学生でも作れるレベルだ。
「数が無制限になっているからとにかく、スピードを意識して、数を作ってくれ。7級の試験はそこも求められてくる。俺の時はCランク以上の絹の布を1時間で10メートル作ることだった」
「へー……余裕で合格?」
「Aランクの布を15分で作ってやった」
途中退室していいか聞いたが、ダメだった。
「あなた、仕立て屋さんでも生きていけるわよ」
無理に決まってるだろ。
「客を怒らせる自信しかないな」
「まあ……」
わかるわな。
「とにかく、木箱な。余ってもウチで使えばいいし、どこでも引き取ってくれる。大量に作ってくれ」
「わかったわ」
アデーレが頷く。
「じゃあ、そんな感じで。それとだけど、お前らが留守中に支部長からちょっと聞いたんだが、町長がウチに船の製造の依頼を出したいらしい」
「あー、船ですか」
「いなくなった先輩達がやってたね」
エーリカとレオノーラが顔を見合わせる。
「そうなのか?」
「この町は港町でもありますからそういう仕事も昔からあったんですよ。魔導船を作るのが錬金術師で普通の船を造るのが船大工です」
そういやエーリカの実家は船大工だったな。
そういうのに詳しいんだ。
「ということは町長が発注しようとしているのは魔導船か?」
魔導船とは魔石を動力とする船のことだ。
「だと思います」
なるほど……
この町の錬金術師が引き抜かれた理由が飛空艇製造のためと聞いているが、それだな。
飛空艇も船の一種だし、空を飛ぶための技術はともかく、船を造るノウハウ自体を知っていたからなんだ。
「ちなみに、お前らは?」
「基本的にポーションとかの基礎の仕事をしていましたからたまに見学に行くくらいでしたね」
「たまーに木材の加工をやらせてもらえたくらいかな」
少しずつやらせる方針だったんだろうな。
「この町ならではなのかしら?」
アデーレが聞いてくる。
「多分な。アデーレは当然、やったことがないよな?」
「当然ね。王都にも実家にも船の仕事なんかないから」
俺もだが、アデーレは内陸部の人間だしな。
「本部では臨時で手伝いをしていたんだろ? 飛空艇製作チームに……」
あ、俺が所属していたところだ。
「飛空艇製作チームに呼ばれたことはありませんね」
アデーレが敬語でニッコリと笑う。
この敬語がアデーレが好きな雰囲気の敬語ではないのはわかる。
「確認だ……それでまだ詳細の話を聞いていないが、やりたいと思うか?」
「難しいのは承知してますけど、この町では切っても切れない依頼ですし……」
「やりたーい」
「やりたいとは思うけど、他の依頼との兼ね合いでしょうね……」
3人共、前向きではあるな……
錬金術師として働きだしたこいつらにとって、今が大事な時なのは確かだし、やらせた方が良い。
最悪は俺が残業すればいいし。
「わかった。話を聞いて考えてみるわ。とりあえずはさっき言った依頼を受ける旨を伝えてくれ」
「わかりました」
エーリカが頷くと、病院に電話し始める。
そして、レオノーラとアデーレも軍と役所に電話をすると、残っている依頼を片付けることにした。
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