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第160話 重荷 ★


 わたくしは空港の前のベンチに腰掛け、搭乗時間を待っている。

 すると、マルティナがこちらに向かってきているのが見えた。

 遠目からでも目の下の隈は確認できたが、昨日よりかは良い顔をしている。


「ハイデマリーさん、帰られるんですか?」


 マルティナがわたくしの前に立ち、聞いてくる。


「ええ。さすがに休みすぎたようです。昨日、チームの子から泣き言の電話が来ました」


 新たに知らない依頼が来たらしい。

 情けない……


「本部って大変なんですか?」

「お前はあそこの支部しか知らないのでしょうね。あそこはわたくしから見たら遊んでいるようにしか見えません。でもまあ、安心しなさい。いきなり激務にはなりませんし、お前はまず勉強です」


 昨日の夜、親子の話し合いに付き合った。

 そして、親子共々、正式に弟子にしてほしいと要請してきたので受けたのだ。


「大丈夫ですかね?」

「お前次第。あの物理の点数はひどいです。ジークなんか信じられないって感じでしたね」

「やっぱりですか……」


 ジークは表情に出るからマルティナもわかっていたようだ。


「まあ、勉強は見てあげますし、お前の姉弟子共も助けてくれるでしょう」

「頑張ります」

「いつ王都に来ますか?」


 マルティナはわたくしと共に王都に行かない。 

 学校を辞めたり、店を畳む手続きを手伝ったりしないといけないのだ。


「1ヶ月後くらいになると思います。それまでに整理をしたりします」

「そう……王都に来てもお金は出してあげますから定期的には帰りなさい。あの母親は不安よ」

「それなんですけど、お母さんも整理がついたら王都に来るそうです。そこで仕事を探すって言ってました」


 母親も来るのか。

 まあ、店を畳むのならそれもいいかもしれない。

 少なくとも、娘が自立するまでは王都に住むんだろう。


「わかりました。後でどういうところに就職したいか聞いておいてください。わたくしには実家や一門の繋がりがありますから斡旋もできます」

「何やら何までありがとうございます。感謝しかありません」


 感謝ねー……


「そう思うなら努力しなさい。わたくしの期待を裏切るな」

「はい! 絶対にハイデマリーさんのような錬金術師になってみせます!」


 これだけの逸材を潰すわけにはいかない。

 せめて、5級にはしないと2度と弟子を取れないわ。


「マルティナ、わたくしのことは師匠と呼びなさい」

「師匠ですか?」

「それが普通」


 師匠、先生なんかが普通だ。

 本部長は肩書があるからそう呼んでいるが、もし、引退されたら師匠と呼ぶ。

 ジークや他の一門の連中だってそうだ。


「わかりました。でも、ここの支部の人達は普通に名前で呼んでますよ? あそこも師弟ですよね?」


 あそこか……


「あそこはダメ。あれは師弟関係じゃない。ただの自分の女の面倒を見ている男とそれに依存する3人の女よ」


 何あれ?

 付き合ってるどころか夫婦じゃん。


「あー、やっぱりですか。正直、ちょっと居心地が悪かったです」


 マルティナですらわかったらしい。

 テレーゼも休み期間中だったが、あそこにはなるべく行きたくないって言っていた。

 それにジークに支部に異動しないかと誘われたらしいが、色んな意味で嫌らしい。

 そして、それをゾフィーも言っていたようだ。


「イチャついてた?」

「ええ。私と話をしている時もジークさんがエーリカ先輩の足を触ったり、他の2人もやけにジークさんと距離が近かったです」


 何してんだ、あいつら……


「とんだ支部よね。あんなところに行きたいと思う奴なんかいないわ」

「疎外感がすごそうですよね」


 こりゃ、あの支部には人が集まりませんね。

 こういう噂は早い。


「まあいいわ。マルティナ、これを返します」


 マルティナに銅になりきっていない銅鉱石を渡す。


「はい」


 銅鉱石を受け取ったマルティナはそれをじーっと見る。


「1ヶ月後、王都に来た時にもう一回それを見せなさい。ジークを頼ってもいい」

「わかりました。今度こそ成功してみせます」

「その悔しさを絶対に忘れないこと。これがあなたの原点よ。そして、上を目指しなさい。鼻で笑ったジークを見返すのです」


 損な役回りを任せたけど、まさか鼻で笑うとは思っていなかった。


「はいっ! 頑張ります!」

「そうしなさい。じゃあ、わたくしは行くわ。わからないことや相談したいことがあれば電話してくれればいいから」

「わかりました! よろしくお願いします、師匠!」

「ええ。じゃあね」


 わたくしは立ち上がると、やる気に満ちている弟子と別れ、空港に入った。




 ◆◇◆




 ハイデマリーが王都に帰って、数日が経った。

 その間、仕事をしながらも役所のルーベルトに相談し、ギーゼラさんの店の休業を助けるようにお願いをしたりしていた。

 そして、1週間が終わり、皆で夕食を食べた後に勉強会をし、この日は解散となった。


 俺は部屋に戻り、風呂に入ると、寝る前の一杯を飲もうと思って、キッチンでウィスキーのロックを作る。

 すると、チャイムが鳴ったので玄関の方に行き、扉を開けた。


「こんばんはー」


 そこにいたのは寝間着姿のエーリカだった。


「どうした?」

「一緒に飲む約束をしたじゃないですかー」


 あー、そうだったな。


「入れよ。薄いのを作ってやる」

「お邪魔しまーす」


 エーリカが部屋に入ってきて、テーブルについたので自分の分と併せて、軽い酒を作ってやる。


「もう風呂に入ったのか?」


 寝巻着ということはそういうことだろう。


「はい。お風呂に入って寝ようと思ったんですけど、ちょっと飲んでみたくなったんです。それでお邪魔しました。もしかして、寝るところでした?」

「いや、俺も寝る前に飲むところだったからちょうど良かった。付き合ってくれ」

「はい」


 2人分の酒を作って、テーブルに行き、丸まっているヘレンを撫でているエーリカに酒を渡す。


「ほれ」

「ありがとうございます」


 俺達はグラスを合わせて乾杯し、酒を飲みだした。


「マルティナちゃん、退学届を出したそうです。来月には王都に行くって言ってました」

「そうか……それも1つの道だろうな」


 学校くらいは卒業した方が良いと思うが、マルティナは早く錬金術師になりたいんだろう。


「ジークさん、ありがとうございました」

「正直に言おう。もうごめんだ」

「あはは。32点はきつかったです?」


 俺の人間性より低い。


「錬金術師志望が取る点数じゃないわ」


 これが国語ならまだいい。


「あの、どうします? 例の囲い込みの件です」

「諦めた方が良いと思う。マルティナには偉そうなことを言ったが、自然と待った方が良いだろう」


 ただ待つだけでは優秀な人材は集まらないんだとか言ったが、無理無理。


「わかりました。学校の先生に引き続き、就職の募集はお願いしますけど、バイトの件は取り下げてもらいます」

「頼むわ。当分は支部長を含めた5人で頑張ろう」

「はい! ジークさんがいてくれたら何とかなります!」


 その信頼に応えないといけないんだろうな。

 でも……


「俺一人ではどうにもならん。お前らが必要だ」

「そうですかね?」

「そうだよ」


 俺はこの地で生きていくことに決めた。

 多分、出世もしないし、大成することもないだろう。

 前世からずっと上を目指し、突き進んできた俺は足を止めたのだ。

 だが、それは挫折ではない。

 何かを求めて旅していた旅人が住む家を見つけただけなのだ。

 それがこの地であり、支部であり、こいつらである。

 足を止めないと得られないものであり、ようやく見つけた大事なものだ。


「明日、皆で釣りに行きません? 海でお魚パーティーをしましょうよ」


 エーリカがそう言うと、丸まっていたヘレンが起き上がった。


「良いと思います!」


 何よりも大切な猫がいつもは寝ているくせにこういう時だけ自己主張してきた。


「そうするか」


 俺達は明日の予定を決めると、酒を飲み、就寝した。

 そして翌日、4人で魚を釣り、ヘレンを満足させてやった。

 これが王都にいた時では絶対に味わうことのできない日常である。

 以前の俺ならただのくだらない重荷としか思わなかった人間関係だが、今の俺にはしっくりくる重荷だった。

 だから……下ろすことはないだろう。


ここまでが第4章となります。


これまでのところで『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると今後の執筆の励みになります。


引き続き、第5章もよろしくお願いします。


また、本作の1巻が今週末の5/10に発売いたします。

東京などの早い所では明日には店頭に並んでいると思います。


ぜひとも書籍の方もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
でもハイデマリーは答案に長文で否定する時点でなかなか…
主人公としてはいゃついているつもりはなく、ヘレンを撫でているのと同じような感じなんだろうな。前世でも出世ひとすじで女っけはなかったようだからその辺の機微は分からなそう。
厳しいだけで普通に人格者だったなマリー 出てくる女キャラが揃いも揃って「あそこはちょっと…」って言ってる上に共依存してる男女師弟なんて噂が広まったら新規募集誰もこんやーんってなるけど、更なる斜め上か…
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