第157話 駒も牌も作った
「めんどくさい派閥争いになりそうだけどな」
「まあ、そんな感じはしましたね…………ジークさん、アウグストさんは?」
アデーレが目を細める。
「知らん。あいつがどうかしたか?」
「私も貴族です。先日、親から電話がありました」
あー、支部長も言ってたしなー。
アデーレの親もわかるか。
「この前の試験で不正を働いたんだよ」
「不正ですか……」
「それを切り口にして、別の悪行も漏れ、なし崩しだそうだ。詳しくは知らんが、貴族や錬金術師協会と魔術師協会の争いもあるっぽいな」
放火の件は言わない。
口止めされていることもあるが、それ以上にこいつらは知らなくても良いことだ。
別に俺のせいで放火されたからということではない。
「そうですか……実はマルタさんからも連絡があり、アウグストさんが出勤していないと聞きました」
「それ関係だな。王都の暗部に捕まってた」
「見たように言いますね」
「見たんだよ。あいつな、自分の点を弄るだけでなく、レオノーラの分まで改ざんしやがった」
そう言うと、アデーレの目が吊り上がる。
「最っ低……」
「あいつ、満点だったのにな」
「なるほど……合格発表の日とその前日にやけに頷いて俺は信じてるアピールをしていたのはそのせいですか」
あ、知ってたのがバレた。
「言えんだろ」
「それはわかっているのでご安心を。というか、思ってたより、ずっと大事じゃないですか」
「な? そういうわけであいつは家ごと終わった。本部長が俺に後継者を指名してきたのもライバル組織である魔術師協会のトップがいなくなったからだな」
憂いがなくなったわけだ。
「なるほど……本来なら1つの貴族の家が潰れるのは悲しいことですが、何とも思いませんね」
レオノーラの試験結果の改ざんは許されんわ。
「そうだな。お前もあれと付き合わなくて良かったぞ。泥船だった」
「そんな気は一切ありませんでしたけどね」
アデーレが何でもない顔でワインを飲む。
「ふーん……」
「私とアウグストさんの件はどうでもいいです。それよりもいよいよ明後日ですね」
もちろん、マルティナのことだ。
「なあ……お前はどう思う?」
「あなたに冷たい女と思われるかもしれませんが、何も思いません」
「というと?」
「あの親子と店は破滅するかもしれませんが、そんなものは珍しいことではありません。本来、商売とは競争です。お客さんに選ばれる良い店が残り、そうじゃない店は潰れます。これは当然のことであり、むしろ、そうでなくてはなりません」
確かにその通りだし、俺もそう思っている。
「面倒なことに巻き込んでしまって悪いな」
「別に私達は関わっていませんから何も……仕事に影響もないですしね。それにあなたがマルティナさんのことではなく、エーリカさんに配慮しているのもわかっていますから」
「わかるものか?」
「少し考えればわかります。というか、それ以外にあなたがここまでする理由がないです。こう言っては何ですが、マルティナさんってあなたが嫌いそうな子ですもの」
うん。
「嫌いとは言わんが、好きではないな」
「だからハイデマリーさんに任せたのは良いと思います。あとは結果を待つだけですね」
そうだな……
「なあ、マルティナはなんでウチに来たと思う?」
「薬専門の錬金術師になりたいから……ではないでしょうね」
俺もそう思う。
「だよな。あいつ、いくらなんでも何も知らなすぎるだろ。国家錬金術師試験の難易度すらわかってなかったぞ」
10級を『くらい』と言ったし、最初にウチに来た時も自分が何になりたいか、はっきりと答えることができなかった。
「多分ですが、漠然と家の薬屋を継ぎたいとは思っていたと思います。ですが、まだ学生ですし、そこまで深く考えてはいなかったんでしょう。彼女の希望はまだ夢でしかないんですよ。目標に向かって走り出していない状況です。だからこそ、国家錬金術師試験の難しさもわからないし、物理の点があれなんでしょうね」
目指すならもうちょっと勉強しているはずだ。
でも、あいつはまったくしてない。
そういうことなんだろう。
「家のためか」
「そんなところでしょうね」
薬屋の状況を知り、焦ったってところだろう。
それで先生が言っていたことを思い出し、俺達を頼ったんだ。
「どうなることやら……」
「こればっかりはわかりません」
「明日、寝られるか?」
「あなたにもらった薬を飲むから大丈夫です」
何も思わないと言っていたが、やはり気にはしているんだな。
「アデーレ、鑑定士を受けてみるか?」
「鑑定士? 私が?」
「ああ。レオノーラには受けてもらおうと思っているし、いずれはお前とエーリカに取ってもらいたいと思っている。でも、鑑定に関して言えば、レオノーラは才能があるが、お前とエーリカはそれほどの目を持っていない」
「まあ、正直、素材を見てもさっぱりですね。植物なんかはぱっと見でわかりますが、鉱物はさっぱりです」
植物は鮮度でわかるからな。
「だからちょっと時間がかかると思う。それでも受けようと思うなら教える。でも、そうでないなら国家錬金術師試験に集中してほしい。その辺りの方針を確認したいんだ」
「なるほど……ジークさん、それは確認しなくてもいいです」
ん?
「なんでだ?」
「私は……いえ、私達は国家錬金術師試験に合格したのですから全体から見れば上澄みでしょう。でも、お世辞にも天才とは言えません。天才というのはあなたや一発でポーションを作ったマルティナさんのことを言います」
それは……まあ……
「才能はあるぞ」
「ありがとうございます。ですが、私達が1級や2級になれるとも思いません。もし、なれたとしてもそれはかなり先の話です。それはジークさんが一番わかっていると思います」
うーん……アデーレは勉強ができるから試験に強い。
だから3級にはなれると思う。
しかし、1級、2級は無理だと思っている。
「わかってるな」
「ええ。だからこそ、ジークさんに任せます。あなたがどう思い、どういう風に教えるのか……私達はあなたがこうしろということに従います。むしろ、はっきりとそう言ってくれた方が信じて、進めます。あなたは多分、私達に気を遣ってそのような確認をしているのだと思いますが、常に自信満々で物事を断言するあなたに顔色を窺われると、逆に不安になります」
変に気を遣うと、3人娘の方の自信がなくなるのか。
「わかった。じゃあ、はっきり言おう。鑑定士を受けろ。次の試験は確実に落ちるがな」
何も見えない者が受かるほど簡単な試験じゃない。
鑑定士の資格があれば一生生活には困らないという様に言われているくらいなのだ。
「まあ、2ヶ月後ですからね。そう思います」
「でも、気長でいいから1年以内に取ってくれ」
「気長ねぇ……」
うーん、2年にした方が良かったかな?
「まあ、受けてはみてくれ。エーリカにもそう言う」
「あの子こそ断言した方が良いですよ。あなたを信じ切っていますから」
疑うことを知らない人間は不安になるわ。
「そうする」
俺達はその後も話をしながら飲み食いをし、最後のデザートも食べ終わった。
「さて、いい時間だし、出るか」
「ええ。ちなみに、デートはどこまで?」
レオノーラも似たようなことを言っていたな。
あと、やっぱりデートなんだ……
「帰って、エーリカの家に突撃するまでかな」
「まあ、そこにレオノーラもいるでしょうしね」
アデーレが笑った。
「チェスしようぜ」
「嫌です。勝てないもの」
「じゃあ、麻雀にするか」
「微妙にルールを覚えてないんですけど、まあ、それなら……」
運要素が強いからな。
「よし、帰ろう」
「そうしましょうか」
俺達はホテルを出て、車で支部に帰る。
そして、アパートに着くと、エーリカの家に行き、予想通りいたレオノーラと共に酒を飲み直した。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
いよいよ今週末に本作の1巻が発売となります。
改稿、加筆も行い、1章では出番が少なかったアデーレの場面も増えております。
各特典が付きますし、予約受付中です。(↓にリンク)
書店で見かけた際はぜひとも手に取っていただけると幸いです。
よろしくお願いします!