第150話 ちがーう
ハイデマリーが言いたいことを言って去ると、この場には俺とマルティナが残される。
「ジークさん、ハイデマリーさんが言っていたことは事実でしょうか?」
何て答えようか……
「……概ねだが、俺も同じ意見だ。だがな、お前はそうならないようにここに来て、ハイデマリーに会ったんだろ?」
「そうです、か……」
人間性35点では子供相手に何て言えばいいかわからん……
「マルティナ、お前の人生はお前のものだ。ギーゼラさんの娘もお前だけだ。ハイデマリーは1週間で答えを出せと言った。この意味も含めて、考えてみろ。本来ならまだ学生のお前が考えることじゃないが、考えないといけないのが現状のお前だ」
「わかりました……」
マルティナはテーブルに置いてある自分が作ったポーションと何もできなかった銅鉱石を取って、立ち上がる。
そして、そのまま支部を出ていってしまった。
「ハァァ……」
深いため息が漏れる。
すると、3人娘がこちらにやってきて、ソファーに座った。
「すごい人でしたね……」
「いたたまれなくて、すごく帰りたかったよ」
「あれが薬品生成チームの女王なわけね。納得」
3人も俺と同じことを思ったようだ。
「あれでも柔らかい方だ。学生相手だから気を遣ったんだろう」
マルティナの希望を切り捨てていたが、ちゃんと順序立てて説明していた。
「あれで……」
「マルティナちゃん、泣いてたよ……」
「なんかこっちも心がズキズキしたわよ」
隣にいた俺はもっとした。
「まあ、あいつの言っていることは何一つ間違っていないからな。あとはマルティナが立ち上がれるかだ」
才能ある者が必ずしも成功するわけではない。
「立ち上がれなかったらどうなるんです?」
聞いてくるかね?
「ハイデマリーはああ言っていたが、そこまでのことにはならん。多分、商業ギルドに借金漬けにされ、店の看板を奪われるだけだ。あとはその辺で働きながら一生を過ごすだろ」
商業ギルドのあの感じではあの親子をどうこうしようとは思っていないだろう。
欲しいのは歴史ある店だ。
「それは……」
「このことは俺達にはどうしようもできない。マルティナがどういう答えを出すか、そして、ハイデマリーがどうするかだ」
もう俺達の手からは離れている。
マルティナを弟子にする気がない俺にはあいつの人生の責任を取ることはできない。
そうでないなら他人が口を出すだけであり、マルティナもギーゼラさんも言葉に耳を貸さないだろう。
それができるのは弟子にしようとしているハイデマリーだけだ。
もっとも、それもマルティナの答え次第だろうが……
「私もそう思うよ」
「エーリカさん、ハイデマリーさんに任せましょう。あの人は商売のことにも詳しいし、間違いなく、薬専門の錬金術師としてはトップだから」
貴族2人が俺に同意する。
「そうですね……」
エーリカはただでさえ、優しいのにマルティナは後輩だからなー……
気にするだろう。
「明日、ハイデマリーと話してみる」
「はい」
俺達は終業時間を過ぎていたので帰ることにし、4人で夕食を食べた。
そして翌日、3人娘の仕事ぶりを一通り確認すると、支部を出て、海に向かう。
「海ってどこだよ……」
港に着いたのだが、忙しなく働いている商人達しかいない。
「砂浜の方では? 浜を彩るとか言っていたではありませんか」
この町は南が海に面しており、今いる港の他にも夏はかなり人が集まる砂浜もある。
「行ってみるか」
「はい」
海沿いを歩いていき、砂浜の方を目指す。
「なあ、ヘレン、俺はどうすれば良かったと思う?」
歩きながらヘレン先生に聞く。
「マルティナさんのことですか?」
「ああ。正直、俺が最初に思ったのは他人の店のことなんか知らない、だ」
俺達の仕事には何の関係もない。
俺達は物を作ることが仕事であり、他所の店のことなんか知らない。
「でも、向き合うことにしたんですよね?」
「前に工場が燃えた時、お前にここで動くのが良い人って言われたからな。それにメリットデメリットで考えた時にエーリカの後輩であることや今後の支部の評判を考えて動くことにした」
したのだが、俺の力ではどうしようもない。
ギーゼラさんやマルティナを怒らせて決裂する光景しか頭に浮かばないのだ。
何故なら俺はあの親子を見て、バカじゃないかなって思っているから……
まあ、だから俺は人間性が35点止まりなんだろうな……
「良いと思いますよ。ハイデマリーさんに任せたことも含めて良い判断だと思います。ジーク様はマルティナさんを見て、匙を投げられた。これは悪いことではありません。できないことがあれば他人を頼る。これも人として大事なことでしょう」
その頼った相手がな……
他人のことは言えないけど、思ったことをはっきりと口に出すハイデマリーだ。
「ハイデマリーじゃない奴が良かったかもな」
薬屋のことだったから薬品生成チームのあいつにしたが、人当たりの良いクリスの方が良かったかもしれん。
あいつならもうちょっとオブラートに包んで説得できる。
邪魔な鳥がいるけど。
「ハイデマリーさんで良いと思いますよ。優秀ですし、責任感の強い人です。それにお互いのことをボロクソに言いますけど、なんだかんだで仲良しじゃないですか」
仲良しじゃない。
絶対に仲良しじゃない。
しばらく歩くと、砂浜に到着した。
今日は平日だし、まだ海に入る時期ではないのに1人の女性がいるのが見えた。
「いたし」
「ハイデマリーさんですね」
他におらんわな。
「何してんだか……」
砂浜を歩いていき、ハイデマリーに近づく。
すると、ハイデマリーが水着姿であることがわかった。
「お前、何してんの?」
ハイデマリーはサングラスをかけ、ビーチパラソルの下で横たわれる椅子に寝そべっている。
「バカンス」
それっぽく見えるけど……
「いや、楽しいのか?」
「微妙ね。ぶしつけな男の目がない」
はい?
「見られたいのか?」
「女は男に見られてなんぼよ」
「ふーん……興味ねーな」
「お前に見られても気持ち悪いだけよ。こーんなガキの頃から知っているのよ?」
ハイデマリーが手を少し上げる。
「俺もそんくらいのお前を知っているな。そのせいかはわからんが、お前の水着姿を見ても何も思わん」
「それでいいの」
でも、気になるは気になる。
何しろ、まだ水着になるような時期じゃないし。
「テレーゼは?」
「ちょっと元気になったみたいでね。買い物に行くって言って、町の市場を回ってる」
それは良かった。
「元に戻るといいけどな」
「大丈夫よ。あれはへこみやすいけど、復活も早いから」
ハイデマリーがそう言うならそうなんだろうな。
「なあ、マリー?」
「なーに、ジーク?」
うーん……
「お前、どうした? 会話が成立しているぞ」
こいつは俺に対して暴言しか吐かない。
でも、ここに来てからは普通に話ができている。
「どうもしてないわね。わたくしは普通」
「そうは思えんから聞いている」
「変わったのはわたくしではなく、お前。最初はお前の女達の手前、気を遣った。でも、それ以上にお前が変わっていたから噛みつく必要がなくなったのよ」
はい?
「どういうことだ?」
「お前、表情が変わったわ」
「表情が変わらないって評判だぞ」
そもそも喜怒哀楽が薄いと自覚している。
「いいえ。お前は常に人を見下し、バカにしている顔でした。わたくしはそれが大嫌いだった。でも、ここに来たお前はそういうクソ生意気な顔ではなく、普通の顔になってました。だからわたくしも何も言わないのです」
「自分では全然、わからないんだが……」
変わったのかな?
今でもバカはバカだと思っているぞ。
「あの3人のおかげでしょうね。女は男を知って変わると言いますが、男も女を知って変わるのです」
「なるほど……」
ナンパ本のおかげか。
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