第149話 弟子は無理じゃないか?
「つ、潰れる!? 滅多なことを言わないでください!」
「滅多? 滅多とは思慮が浅い、軽率という意味ですね。わたくしに言ってますか? 思慮の浅い薬屋の娘」
将来を見据えることもできないも追加しな。
「ウ、ウチは潰れません! 何を根拠にそんなことを言うんですか!?」
「根拠ですか……では、ハインツェル商会の長女、ハイデマリーが説明しましょう」
ハイデマリーはこんなしゃべり方だが、貴族ではなく、商人の娘なのだ。
「ハ、ハインツェル商会……」
マルティナが驚くのも無理はない。
ハインツェル商会はこの国で一番の大手なのだ。
「まあ、偉そうに自己紹介しましたが、別にその辺の人間でもわかることです。薬剤師がいない薬屋を誰が利用しますか? どこの商会が取引をしたいと思いますか?」
薬は用法用量で毒にもなる。
普通に怖い。
「母だって経験があります」
「それを証明し、お客様に信頼してもらえるためのものが薬剤師の資格なのです。これもわたくし達国家錬金術師と同様に国家資格で陛下が認めるものです。それを持って初めて薬師を名乗ることが許されるのです」
それほどまでに薬師も国家にとっては重要な職業ということだ。
「っ! お母さんは頑張っているんです! 何も知らない他人にとやかく言われたくありません!」
マルティナはそう叫んで立ち上がると、踵を返して走り出す。
まあ、こうなるわなと思いながらマルティナの後ろ姿を眺めていたのだが、その足はすぐに止まった。
何故ならマルティナの身体に黒い髪が絡みついており、動きを止めたからだ。
「な!? 何これぇ!?」
「わたくしがまだしゃべっているのにどこに行くというの?」
「ひっ!!」
マルティナが怯えるのも無理はない。
ハイデマリーが不気味な笑みを浮かべながらただでさえ長かった髪を伸ばし、マルティナを絡めとっているのだ。
「お前、このハイデマリーを知らないのか? わたくしの話は最後まで聞く。それができない無能は万死に値する」
ハイデマリーは俺と同じ5級の国家魔術師でもある。
そして、薬品生成チームの女王だ。
「や、やめっ……」
「座りなさい」
「マルティナ、一応、最後まで話を聞け。別にハイデマリーはお前をどうにかしようと考えているわけではない」
「はい……」
マルティナは完全におびえ切った目をしながらソファーに戻る。
すると、ハイデマリーはマルティナを解放し、髪を動かしてコップを取ると、お茶を一口飲んだ。
「相変わらず、キモいな」
「わたくしの美しい髪が伸びただけです。女を囲って弟子にし、良いように使っているお前の方がキモいです」
ゴミカスマリー……
「俺は弟子のことを考えている。ちゃんと試験も受かった」
「はいはい。ご立派、ご立派。さて、マルティナ」
ハイデマリーがマルティナを見る。
「は、はいっ!」
完全に怯えている……
「お前は才能があります」
「そ、そうですかね? とてもそのようなことは……」
そりゃ自信もなくすわ。
「わたくしの目を信用できないと?」
「そんなことはないです!」
これ、いいのかね?
ほぼ脅しじゃん。
「お前は才能がある。これはわたくしもジークも認める事実です」
ハイデマリーがそう言うと、マルティナが俺を見てきたので頷いてやった。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。ですが、どんな宝石も磨かなければただの石ころです。つまり、今のお前は石ころです」
言ってることは正しいし、俺もそう思っているのだが、学生に言うことか?
「石ころ……」
「ええ。そんな石ころにお前の実家の店、そして、家族が将来どうなるかを教えて差し上げましょうか?」
「お願いします!」
聞くんだ……
「お前は国家錬金術師を目指します。母親はそんな娘を応援しつつ、店を頑張ります。ですがどちらも上手くいきません。理由は先ほど説明しました。そして、店は傾きますが、母親は娘の夢を応援するためになんとか店を維持しようとし、借金に手を出します。しかし、当然、状況は好転しません。なのでどんどんと借金は膨らみ、破産します。そうして、店は奪われ、お前達は借金を返すために商売女にでも――」
「マリー」
さすがに止めた。
何故ならマルティナはすでに泣いているからだ。
「これでも良い方に見積もっていますよ?」
「ガキに言うことか?」
こいつ、16、7の学生だぞ。
「関係ありません。事実は事実。自分達の状況を理解せず、それを取り巻く周りを見ようとしない者に待っているのは破滅しかありません」
「それを誰に言わないといけないかはわかっているだろう?」
少なくとも、何の責任もないマルティナではない。
こいつは親のすねをかじっているだけの学生に過ぎないのだ。
「お前……自分がどんな残酷なことをしているのかわかっていますか? 放置すれば確実に破滅なのですよ?」
「そうならないようにするためにお前に電話したんだ。じゃなきゃ、お前なんかに電話せんし、リートに呼ばん」
「自分勝手な……ようやくわかった。お前の根本は変わっていない。変わったのは自分中心な世界が広がり、そこに自分の女共が加わっただけだ」
変わろうとはしている。
でも、根本というのはそうは変わることができないのも承知している。
「弟子のことを守って何が悪い? 今までは一切、考慮しなかった同僚を想って何が悪い?」
俺はかつて、同僚に刺殺され、同僚に蹴落とされた。
「いいえ……勝手にしなさい。でも、わたくしの邪魔はするな」
「せんが、相手を考えろと言っている」
「たちの悪い…………マルティナさん、1週間あげます。その間に考えなさい。考えることをしない人間は人ではありません」
ハイデマリーはそう言うと、立ち上がる。
「帰るのか?」
「言いたいことは言いましたし、そろそろテレーゼを迎えに行かないといけません」
「そうか……」
海に落ちてませんように……
「ジーク、明日、海に来なさい」
は?
「俺、仕事なんだが?」
「話があります。これも仕事です」
何の仕事だ?
まあ、話をしないといけないのは確かか……
「わかった」
「では、これで……ごきげんよう」
ハイデマリーは長い髪を払い、支部から出ていった。
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