第141話 絶対に帰らない
仕事を終えた俺達は夕食を食べ、いつものように勉強会をした後、駄弁って過ごした。
その際に3人娘が接待してくれたので多少のストレス軽減にはなった。
そして翌日、支部に出勤した俺は電話の受話器を手に取る。
「ハイデマリーかー……」
自分で言っておいてなんだが、電話したくない。
「大丈夫ですって。ハイデマリーさんもジーク様がライバルじゃなくなったからケンカを売ってきませんよ」
俺は本部長の後継者争いから脱落しているのでハイデマリーと争う理由はなくなった。
でも、どうだろ?
あいつとはそもそも仲が良くない。
「まあ、電話してみるわ」
ヘレンにそう言って、本部に電話をかけた。
すると、すぐに呼びだし音がやむ。
『こちら錬金術師協会本部です』
受話器から受付嬢の声が聞こえてきた。
「こちらリート支部のジークヴァルトだ。サシャか?」
『はい。ジーク先輩ですか? ご無沙汰しております』
そんなに前でもないけどな。
「サシャ、抽出機と分解機はどうなっている?」
『あー、本当は今週中に送る予定でしたが、ちょっと不具合があったんで修理してます。たいしたことではないのでご安心ください』
そういうことか。
「来週には送れるか?」
『その予定です』
よし、なら大丈夫だ。
「頼むわ。それと悪いが、ハイデマリーに繋いでくれ」
『え? ハイデマリーさんです?』
そう言ってるだろ。
いや、気持ちはわかるがな。
「俺の姉弟子のハイデマリーだ。口だけの無能マリー」
『あー……少々お待ちを』
サシャがそう言うと、すぐに保留音が流れ出した。
「ジーク様……こちらからケンカを売ってもいけませんよ?」
「わかってる……しかし、長いな」
ずっと保留音のままだ。
それからしばらくの間、保留音が鳴り続け、5分以上経ってようやく止んだ。
『お待たせして申し訳ございません』
あれ? サシャだ。
「どうした?」
『えーっと、ハイデマリーさんは休暇を取っているようです』
「は? 休みなのか? じゃあ、明日電話すればいいのか?」
『いえ……ひと月休むそうです……』
は?
「何を言っているんだ?」
『私に言われても…………先程、薬品生成チームに内線を回したんですけど、めちゃくちゃ愚痴られ、さらにはなんとかしてくれって泣きつかれました』
それで長かったのか……
受付って本当に大変なんだな。
「そうか……しかし、休みって……仕事は大丈夫なのか?」
『ひと月分の仕事はしたって言って、お弟子さん達の懇願を無視して休暇申請したそうです。なんかバカンスに行くみたいですよ』
バカンスじゃなくてバカだ。
「可哀想な弟子達だな……せめて、連れていってやれよ」
『それはそれで人手がいなくなりますから怖いですけどね。薬品生成チームはハイデマリーさんの天下ですから』
あそこはハイデマリーの手が回った奴しかいない。
自分に従わない奴はすべて追い出したのだ。
「しかし、ひと月か……」
そんなに待てないぞ。
『いかがいたします?』
「ハイデマリーの家の電話番号を知っているか?」
『えーっと……すみません。というか、ジークさんが知っているんじゃないですか? 同門の姉弟子じゃないですか』
知ってるわけないだろ。
何なら全員知らんわ。
あ、待てよ……
「悪いが、テレーゼに繋いでくれ。あいつなら知ってるだろ」
確か親友同士だったはずだ。
『わかりました。少々お待ちを……』
またもや保留音が鳴り始めたが、今度はすぐにやむ。
『もしもーし……』
まーた死んでる声だな。
ゾンビじゃん。
「テレーゼ、元気か?」
『元気ー……そっちは?』
「眺めの良いホテルでフルコースを堪能したり、アパートの前でやきとりして食ったわ」
『これが格差社会か……でも、私の方が給料は良いはず』
4級と3級はかなり差があるから俺の方が良いはずだが、残業代を加味すればそうだろうな。
「まあ、頑張ってくれ。それで悪いんだが、ハイデマリーの家の電話番号を教えてくれないか?」
『ハイデマリーさん? え? なんで? 宣戦布告でもするの?』
なんでだよ。
「今も昔も敵にすらならんわ。あいつが3級に合格してから言え」
『そのセリフは私の胸に深く突き刺さったよ……』
テレーゼも4級だ。
「ちょっとハイデマリーに用があるんだよ」
『ふーん……えーっと、教えるね。メモは大丈夫?』
「覚えられるから問題ない。お前とは頭の出来が違う」
『そういうところも直しなよ……えーっとね……』
テレーゼがハイデマリーの家の電話番号を教えてくれた。
「悪いな。またそっちに行くようなことがあったら奢ってやろう」
『お姉さんの私が出すよー……でもさ、家に電話しなくてもそのまま薬品生成チームに内線を回そうか?』
あー、こいつ、知らんのか。
「最初はそうしてもらおうと思って、受付のサシャに頼んだんだよ。でも、ハイデマリーはバカンスに行くっていうんで休みらしいから家に電話だ」
『え? バカンス? 良いなー……私も休みたい』
「お前……ちょっと休めよ」
大丈夫か?
『私が休んだら皆が迷惑するでしょ』
ダメな思考になってんな。
「ちょっとリーゼロッテに代われ」
弟子に止めさせよう。
『え? あ、うん……リーゼちゃーん、ジーク君が話があるってー』
『えー……』
嫌そうな声が聞こえてるぞ……
保留にしろよな。
『もしもしー? 私に何か用事でしょうか?』
リーゼロッテだ。
「俺と話すのが嫌そうだから簡潔に言う。テレーゼを休ませろ。鬱になる一歩前だ」
もうなってる気もするけどな。
『皆、そう言ってるんですけど、休まないんですよ……』
「本部長に言え。弟子が潰れるぞって言ったらさすがに動く」
『わ、わかりました』
「お前らも適度に休めよ。あ、そういえば、試験はどうだった……って切れた」
落ちたか……
まあ、あの忙しさではな……
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