第140話 90点以下は無価値
「わかった。実技を教えよう。エーリカ、ポーションとインゴットの作り方を教えてやってくれ」
「インゴットもですか?」
「ああ。インゴットもだ。今日は材料の説明と作り方を教えるだけでいい」
1時間しかないしな。
「わかりました」
エーリカが頷き、マルティナに教え始めたのでヘレンを撫でながら心を落ちつかせ、その様子を見ることにした。
「ポーションはね、薬草から成分を抽出して、それを水と混ぜて作るの。この際の水はただの水じゃなくて、色んな種類の液体を使うことで品質が大きく変わるの」
「へー、そうなんですね!」
マルティナは学びたい薬関係の錬金術だから興味津々だ。
その後もエーリカはポーションの説明をしていたが、マルティナはふんふんと頷きながら聞いていた。
「ポーションの説明はそんなところかな……次はインゴットね。インゴットは鉄鉱石なんかの鉱石から不純物を取り除いてから形状を協会が定める台形みたいな形に変えていくの」
「へー……」
あからさま……
その後もエーリカがインゴットの説明や作り方を教えていくのだが、マルティナはずっとこんな感じだ。
「ジークさん、ちょっといいかしら?」
イライラしていると、デスクについているアデーレが呼んできた。
「悪い。外すから説明を続けておいてくれ」
エーリカにそう言うと、立ち上がり、アデーレのもとに行く。
「どうした? ……ん?」
座っているアデーレの横に立ち、デスクに手をついたのだが、その手にアデーレがそっと手を重ねてきた。
「……ジークさん、イライラしない」
アデーレは何故か、背を向けていた俺がイラついていたのがわかったようだ。
「……わかるのか?」
「……絶対にそうだと思った」
わかるのか……
「……ジーク君、相手は学生さんだよ。落ち着いて」
今度はレオノーラが背中をさすってきた。
レオノーラも俺がイラついていたのがわかったらしい。
「……わかった」
2人に忠告され、心を落ちつかせた俺はソファーの方に戻り、マルティナに教えるエーリカを内心で応援し続けた。
そして、インゴットの説明が終わった時には5時前だった。
「今日はこんなもんでいいだろ。マルティナ、今後はお前が都合の良い時でいいから放課後に来い。学業はもちろん、店の手伝いとかもあるだろうし、そっちを優先した方が良いだろ」
「すみません……」
「いいんだ。無理をしてもしょうがないし、優先すべきはそっちだ。お母さんを助けてやれ」
2人家族だしな。
「ありがとうございます。では、私はこれで帰ります」
「ああ」
「気を付けてね」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
マルティナは立ち上がると、深々と頭を下げ、帰っていった。
「ハァ……」
「ふぅ……」
俺とエーリカはマルティナがいなくなると、一息つく。
「エーリカ、お前の母校はあの程度か?」
「すみません……」
エーリカがしょんぼりして謝った。
「ジークさーん」
「ジークくーん」
デスクの方にいるアデーレとレオノーラが名前を呼ぶ。
さらにはヘレンが猫パンチしてきた。
「何だよ?」
「言い方。気持ちはわかるけど、エーリカさんに当たってどうするのよ?」
「そんなつもりはないのかもしれないけど、さっきの発言はエーリカに悪いよ」
んー?
あー……卒業生に母校批判はマズいわ
「エーリカ、悪い。そんなつもりはなかった」
「いえ、いいんです。正直、私もインゴットの説明をしている時に話を聞いているのかなって思いましたし」
それくらいにポーションとインゴットの説明を聞くマルティナは差があった。
「ハァ……典型的な腕はあっても試験に落ちる奴だ」
ポーションがいくら上手く作れてもインゴットを作れない人間は試験に受からない。
ポーションもインゴットも基礎中の基礎なのだ。
「専門分野しかできない人ね。いるいる」
「私もその傾向だったけど、ジーク君に教えてもらったから助かったよ」
アデーレとレオノーラもわかったようだ。
まあ、こいつらには苦手分野を重点的に教えてきたからな。
「家業にしか興味ないんでしょうね……」
エーリカがそうつぶやいたのでマルティナの成績表を渡す。
「ほれ、見てみろ」
そう言うと、エーリカが成績表を受け取り、読み込んでいく。
「化学100点? すごいですねー……そんな点取ったことが……え? 物理32点……」
エーリカが唖然とした表情になり、俺を見てくる。
「は? 32点? 物理が?」
「錬金術師志望だよね?」
アデーレとレオノーラもこちらにやってきて、エーリカが持っている成績表を覗いた。
「2年間で最高でも48点です。化学は95点を下回ったことがないんですけど……」
「うわー……ひどっ」
「ジーク君がイライラしてたのもわかるね。錬金術師になるのに大事なのは化学と物理なのにその1つが壊滅的だ」
ないわー……
「それでいて、せっかくエーリカが教えているのにあの態度だぞ。わかっていると思うが、俺はバカが嫌いだ。成績が悪いのは百歩譲って許す。だが、苦手教科を克服しようとしない奴をどうにかしようとは思わん」
この成績ならまずは実技よりも物理の座学の教えを乞うべきだ。
「このままだと10級に受からないわね」
「そもそも薬専門の錬金術師にもなれないよ。基礎がないのに専門家になれるわけがない」
あー……こいつらって本当に才女なんだな。
俺が指導者として上手くできた理由がよくわかった。
本当に弟子に恵まれたんだ。
「ジークさん、どうしましょう? その辺を一から説明します?」
「あいつの家の状況を踏まえてか?」
「厳しいでしょうね……」
まあ、聞かんだろ。
それが今日の態度でよくわかった。
「エーリカ、悪いが、これからポーションの実技を重視して教えてやってくれるか?」
「わかりました……あの、弟子にされないんですか?」
「無理だろ。俺は弟子に恵まれているということが今日でよくわかった」
エーリカもレオノーラもアデーレも頭が良い。
そして何より、学ぼうという意識が高いのだ。
「恐縮です」
「ジーク君もようやくわかってくれたかー」
「今まで、内心でバカにしてたのがよくわかるセリフね…………でも、ジークさん、そうなるとマルティナさんをどうするの?」
うーん、仕方がないか。
「俺の手には余る。他の者に任せるしかない」
「他の者って?」
「マルティナと同じタイプの奴だな…………ハイデマリーだ」
あいつに任せよう。
「ハイデマリー……カスの人……」
「うわっ、王都の悪女ハイデマリーだ」
「あの人かー……前に顔しか能がなさそうって言われたことがあるわ」
さすがは口の悪い妹弟子のゾフィーがゴミカスマリーと呼んでいた王都の魔女2世である。
評判がめちゃくちゃ悪い。
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