第136話 何のしがらみのない孤児で良かったな
支部長と共に部屋を出ると、支部長がそのまま出かけたので席に戻り、レオノーラとアデーレにも事情を説明した。
「へー……そんなにすごいんだ、あの子」
「全然、わからなかったわね」
魔力は隠されるとわからないからな。
もっとも、あれは隠しているのではなく、まだ表に出ていないだけという表現が正しい。
「そういう奴もたまにいるな。でも、良い錬金術師になるかはわからん」
「筆記試験があるしね。あれは魔力とか関係ないし」
「私よりもずっと魔力が高い同級生も落ちてたわ」
そんなのはいっぱいいるだろう。
「ジークさん、先生に電話しました。明後日に来てくれるそうです」
電話を終えたエーリカが隣に座る。
「悪いな」
「いえ……でも、学校がありますし、来れるのは4時以降だそうです」
「それは仕方がない。1時間くらい見てやればいいだろ」
俺達は残業をしないのだ。
「ジークさんが見られるんですよね?」
「え? 俺? エーリカに頼もうかと思っていたんだが……」
「ジークさん、教え方が上手ですし、国で一番じゃないですか」
まあ、そうなんだけども……
「俺、あいつに怖がられてないか?」
「そんなことないですよ。新聞を見て、尊敬しているって言ってたじゃないですか」
まあ、そう言ってはいたんだが……
「お前と比べて、すごい距離を感じたぞ」
エーリカと話す時は普通だったが、俺が話しかけたら構えていた。
「ジーク君とエーリカじゃあねー……」
「同性の方が良いんじゃないの? エーリカさんは先輩になるわけだし」
それもあるだろうが、俺の人間性も大きい気がする。
「俺って怖いのかな? 可愛い猫付きなのに……」
「私は好きですけど、表情があまり変わらないところじゃないですかね?」
「トランプなんかカードゲームだとすぐに変わるのにね」
「あの子、小さかったし、威圧感を感じたんじゃない?」
うーん、表情や威圧感って言われてもな……
意識するものじゃない。
「俺が教えても良いが、やっぱりエーリカも横にいてくれ。お前とヘレンで中和しよう」
新聞もそんな感じだったし。
「わかりました。最後の1時間だけですしね」
「頼むわ」
俺達は話を終えると、仕事を再開する。
そのまま夕方となったので家に帰ると、この日も夕食後に勉強会をし、駄弁って解散した。
そして翌日、朝から仕事をしていたのだが、10時くらいになると、支部長が受付を抜け、共同アトリエに入ってくる。
どうやら今、出勤したようだ。
「おはようございます」
「おはようございます!」
「おはよーございます」
「今日は遅いんですね」
俺達が挨拶をすると、支部長がこちらにやってきた。
「おはよう。ちょっと朝から役所と商業ギルドに行っててな。ジーク、ちょっといいか?」
「何でしょう?」
「昨日の件だ。あれからあちこちと回って色々と調べてきた」
当然、マルティナの家の薬屋のことだろう。
「どうでした?」
「あまり芳しくないようだな。売ってる薬も他所から購入したものもあるらしいし、目に見えて質が落ちているらしい。もちろん、それに伴って売り上げも減少傾向だ」
まあ、そうだろうな。
「やはり技術不足、さらには経営知識がありませんか」
薬屋が購入したものを売ってどうする?
「そんな感じだな。商業ギルドとしても支援を検討している感じだった」
「支援という名の借金でしょ」
それで食いつぶすんだ。
「いや、そんな悪質なものではないらしい。利息も安いんだそうだ。歴史ある店だし、商業ギルドにも影響力があったようだな」
商人の集まりなくせに意外と良心的だな。
あ、いや、明日は我が身と考えたか……
「しかし、それでも限度があるでしょう?」
「そんな感じだな。いかんせん、未来がない」
「あのお母さんではね……悪い人ではないんですけど、正直、爺さんは何をしていたんだって感じですね」
何も知らなすぎる。
夫も失い、大変だったのはわかるが……
「後継者問題はどこにでもある。もしかしたら孫の方に期待していたのかもしれん。こういうのは難しく、自分はまだできるし、死なないって思うもんなんだ。それで突然、当主が亡くなって揉めたり、対応に追われる貴族を何人も見てきた」
マルティナは魔法使いだしな……
じっくり育てていくつもりだったのかもしれない。
まあ、真実はわからない。
「大丈夫ですかね?」
「役所も気を回して仕事を回しているらしい」
あ、俺らにくれた依頼みたいなものか。
「どれくらい持ちますかね?」
「商業ギルドも役所も配慮しているし、あそこは貯蓄もありそうだった。だからお前の言う数ヶ月はないと思う。でも、何かの策を立てないと1年は持たんな」
1年……
それではマルティナが頑張っても間に合わんな。
「良い方法はないんです?」
「私は貴族だからそういう案がないこともない。まず思いつくのは婚姻だな」
「婚姻? お母さん? マルティナ?」
「どっちでもいいが、まあ、マルティナの方だろうな。金持ちに嫁いで支援してもらうか、どっかの薬師を婿に入れればいい」
なるほどね。
確かに解決する。
「それができますかね? 庶民ですよ」
「歴史がある店ならそういう付き合いもあるだろうし、商業ギルドの伝手もある。やろうと思えばいくらでもやれる」
うーん、さすがは長年、家を守ってきた貴族だ。
「貴族令嬢、どう思う?」
レオノーラとアデーレに聞く。
「いや、私はそれが嫌で家出してきたんだけど……」
あ、そうだった。
レオノーラは錬金術師になりたかったから結婚を拒否して、ここにいるのだ。
「アデーレは?」
「どうかしら? そういうこともあると思うけど……まあ、結婚は慣れとも言うし……いやでも……すみません、ノーコメントで」
貴族は貴族でも男性と女性では考え方が異なるようだ。
「うーん……エーリカ、もし、親父さんの船大工業がヤバくなりそうになって、どっかの金持ちと結婚してくれって言われたらどうする?」
庶民女子に聞こう。
「縁を切りますね。私は好きな人と結婚して、幸せな家庭を築きますんで」
だよなー……
「支部長、普通はこうですよ」
当たり前だ。
しかも、マルティナはまだ高2。
「まあな……多分、お前らも役所も商業ギルドもこう思っているだろう。傷が浅いうちにさっさと畳め、と……」
うん。
「どうしてもそう思っちゃいますね……」
「難しいんだろうけどねぇ……」
「貴族の私が言えることじゃないけど、そうですね。でも、歴史って重くのしかかりますから」
自分の代で潰すわけにはいかない。
そう思ってしまう。
そして、降ろすこともできずにその重さで潰れるわけだ。
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