第135話 バランスが大事
「昨年亡くなったという祖父が店を取り仕切っていた、だったな……そんなにマズい経営状態なのか?」
「実際の経営は見ていません。ですが、母親の方は薬のことをかじった程度でとても専門家には見えませんでした。そして、店の経営もできるとは思えませんね。あれは完全に祖父の手伝いをしていただけでしょう。そんな者が店を維持できるわけがありません。少しずつ店の財産を食いつぶし、引き返せなくなって借金に手を出す。気付いた時には破産です。その兆候が見られました」
能力もなく、将来も見据えることができないくせに歴史ある店への執着だけは見られた。
そして、将来は娘が継いでくれるという泡沫の夢も……
「そうか……つまり、そのマルティナは最終的には行き場所がなく、ウチに就職するわけか?」
「そういうことです。ただ、胸糞悪いし、無駄に罪悪感を覚えます」
俺達はまったく悪くないというのにな。
「まったくな……お前ら、そんな騙すみたいなことをして、そいつと一緒に働けるか?」
そこだ。
実に厳しい。
「私は気にしません。ですが、他の3人は無理でしょう」
「すみません……無理です」
聖女エーリカなんて特に無理だろう。
レオノーラも上手く笑えなくなりそうだし、アデーレに至ってはメンタルをやられそうだ。
「俺だって無理だ」
「ですか……」
「なあ、ジーク、話を聞いていると断る一択に聞こえるぞ。なんで俺に相談に来た?」
まあ、そう思うわな。
「私が悩んでいる最大の理由になります。マルティナはとんでもない魔力を秘め、質も素晴らしいです。私ほどではありませんが、ウチの一門でトップクラスの魔法使いであるクリストフ、ハイデマリーに並ぶレベルです。一言で言えば、逸材なのです」
あれはすごい。
一目でわかったわ。
「……そんなにか?」
「王都に連れていったら争奪戦が起きるレベルです。しかも、資質的には魔術師に向いている。あれは良い兵器になりますよ」
「兵器って……」
魔術師なんて空を飛んで、魔法を撃ってくるんだぞ。
どう考えても兵器だろ。
「まあ、さすがに魔術師は本人が希望しないと思います。気弱そうでしたし、何よりも夫を戦争で亡くしている母親は死んでも許しません」
「それはそうだな……しかし、そこまでか……クリストフ、ハイデマリーと言えば、お前を含めた次期本部長の椅子を狙う王都の魔女の一門の筆頭だな」
詳しいな。
調べたのかね?
それとも王都貴族だからか……
「私が拒否しましたからそうなりますね。程度の低い争いをすると思います」
「お前、変わったと思ったが、一門には厳しいままだな……」
「事実です。4級、3級止まりですよ」
テレーゼも4級だが、あれは無理。
能力ではなく、性格が。
あいつ、暗すぎるし。
「うーむ、そのマルティナという娘はそのレベルになるのか」
「それは本人の努力と良い師に出会えるかでしょう。いくら魔力が優れていてもバカは錬金術師になれません」
まず試験に受からん。
それほどまでに国家錬金術師資格は難しいのだ。
「お前が師になるか? それほどの逸材なんだろ?」
「どうでしょう? マルティナの志望は薬専門の錬金術師です。私は薬学の知識もありますが、そっちは専門じゃないです」
俺は特にこれといった専門はないが、しいて言うならエンチャントが得意なのだ。
「さり気に知識自慢をするな、お前……薬学って」
「事実です」
あのサプリメントもだし、二日酔いの薬、睡眠薬は薬学の知識がいるのだ。
「わかった……それで結論として、マルティナをどうするかだな」
「どう思われますか? もったいないような気もしますし、面倒だなとも思います」
というか、もう4人で頑張ろうかなとすら思っている。
デスクが4つだけになったらよりそう思えた。
「ひとまず様子見が良いだろう。囲い込みとまではいかないが、基礎くらいは教えてやれ。俺もその店の状況を調べてみる」
保留か……
「わかりました。では、そのようにいたしましょう。エーリカ、学校に電話して、マルティナが空いている時でいいから来てくれるように伝えてもらってくれ」
「はい。支部長、失礼します」
エーリカが支部長に一礼し、退室していった。
「ジーク、悪いことは言わんからその娘を弟子にするのはやめた方がいいぞ」
2人になると、支部長が忠告してくる。
「わかってます。何か非常に嫌な予感がするんですよね」
なんというか、上手く教えていくビジョンが見えないのだ。
「そうか。そこまでわかっているならそれでいい。いっそのことお前の一門に預けるのはどうだ?」
「兄弟子や姉弟子ですか?」
「お前の言う薬専門の錬金術師とやらもいるだろ?」
それはいるが……
えー、あいつに頼むの?
「うーん……」
「まあ、1つの案だ」
「わかりました。考えてみます。あ、マルティナの歓迎会とかするんですか?」
ちゃんと気遣える。
俺も成長したな。
「バイトだし、何よりも学生だぞ……」
あ、そうだった。
「なしでいいか……」
「まあ、菓子でもやればいいんじゃないか?」
なるほど。
子供はそんなものか。
「そのようにします」
「うむ」
「では、私もこれで失礼します」
「ああ。俺も出かける。ちょっとマルティナの店を調べてみよう……あ、そのまま直帰するから戸締りを頼んだぞ」
「わかりました。お疲れ様です」
まだ3時なんだけどな。
いつものことだから別にいいけど。
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